1 本作の概要
「秘密」がとてもよかったので、その他の作品も読もうと思いました。
たくさん作品がある中で評判がよかったものが本作です。
なるほど。
読後、そう納得した作品でした。
数学者としての道をあきらめた男が、アパートの隣に越してきた母娘のために一肌脱ぐ。
簡単にいってしまえば、そういう話です。
しかし、才能と人生という謎解きとは別のテーマもあるため、単なるミステリーではすまない作品でした。
もちろん、ミステリーとしての謎も一級品です。
たいへん読み応えのある作品でした。
2 才能ある男の人生
容疑者は、数学教師です。
才能あふれる男だったですが、家庭の事情により大学を去りました。
実は、探偵役である「ガリレオ」先生の同級生でもあります。
どちらも理学部で「ガリレオ」先生は物理学科、容疑者は数学科でした。
学生時代からその才能を認め合っていたようです。
しかし、容疑者の男は独身で人生をはかなんでいました。
その男の最後の希望が隣に越してきた母娘だったのです。
なので、この母娘が行った殺人というか過失致死っぽいんですけど、をかばうことにしたのでした。
この動機がとても人間くさくていいと思いました。
怨恨とか金とかそういう方が説得力があるんでしょうけど、わかるんですよね。
つまり、もう生きる価値を見いだしていない人間がいて、それでも死ねずに生きている。
そんな人間でも、客観的に見れば価値のないものに人生を賭けてしまうという図式。
そもそも、容疑者は母に恋心をいただいているんですけど、母の方はどうにも感じていないんです。
いい人だと思っているだけ。
自分の弁当屋に毎日買いにきてくれる隣人。
その程度なんです。
それに人生を賭けるんですから。
助ける義理もないし、利益なんぞはまったくない。
なのに助ける。
でもわかるんですよ。
人生後半になってくると、こういう生き方もあるんじゃないかと思うのです。
倫理的にいいことじゃないことはわかっているんですが。
3 読者を錯覚させるトリック
本作の謎はアリバイ崩しです。
途中、「ガリレオ」先生がアリバイじゃなくてカムフラージュの問題だといいます。
問題のとらえとしてはそうなんですが、しかし、本作の謎の本質はアリバイ崩しです。
本作の捜査は、母娘のアリバイを刑事が確かめるという方法で進められます。
映画鑑賞という、あいまいな部分はあるにせよアリバイは崩せません。
しかし本作はコロンボと同じで、冒頭に犯行の描写があります。
つまり、読者に犯人は知らされているのです。
犯人は母娘です。
それに気づいた隣人がかばっているという構図です。
ですから、読者も映画館に行きカラオケに行ったというアリバイ工作がどう作られたのかがわかりません。
なぜなら、犯行をしているのを読んでいるからです。
わたしなんぞは、ゴミ箱から拾うとか何とかして映画の半券を手に入れたのかな。
そんな風に考えていました。
しかし、そうではなくて映画はちゃんと見ていたのでした。
カラオケにも行ったのでした。
つまりアリバイは完璧だったわけです。
どうして、そんなことができたのか。
ネタバレなので書きますが、犯行日をずらしていたのです。
それが本作の謎でした。
4 総評
たぶん本格ミステリー好きには、本作の謎が受けたのだと思います。
それほどミステリーを読んでいるわけではありませんが、これはよく考えられたものだと感心したからです。
しかし、本作で1番印象に残ったのは、そこではありません。
容疑者の心情です。
つまりは、人生の意義や目的です。
意にそぐわない職業を選び、日々を過ごしている。
そういった人が、他人には価値が認められないようなことに人生を賭ける。
そういう心情を淡々と描写しているというのが、本作の優れたところです。
現実の理不尽さとか人生の価値とか、そういう普遍的なものを表現している作品。
そう感じました。
ミステリー好きじゃなくても、読んでみる価値は十分にある作品です。
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