1 本作の概要
今回も科学的謎解きを題材に人間心理を描くという特徴が存分に発揮されています。
本書は、4つの短篇からできています。
宗教の教祖、霊に取り憑かれた人、作詞家、劇団員。
様々な職業・地位の人々が登場します。
その中で印象に残ったこと2点を紹介します。
2 教祖という存在
新興宗教を舞台とした「殺人事件」が起きます。
自首してきたのは新興宗教の教祖。
強い念を送り過ぎたために、男が5階から飛び降りてしまったのだとか。
念というものの存在が証明されないのであれば、この教祖は無罪。
実際、釈放されてしまいます。
ここのからくりは湯川准教授がきれいに解き明かしてくれるのですが、興味を引いたのはそこではありません。
この教祖です。
この教祖、元は整体師で、こりをとるうちに気功に目覚めたのだとか。
念というものも体験した者は、すっかり信者となり教団ができました。
まあ、湯川准教授が暴いたように仕掛けがあったのですが、この教祖はそう認識していなかったのです。
装置があるのは知っていました。
ただ、それは念の環境をよくするようなものと考えていたのです。
つまり、自分が真に人を救う存在であると信じ切っていたのでした。
なので、自主も本気でしたのだとか。
う~ん。
これって、本当にありそうなんですよ。
自己暗示とかではないのです。
自分に取っての真実に取り込まれてしまうというか。
当然、からくりを使って儲けていた幹部は、この教祖をピエロだと思っています。
本人だけがそう認識していない。
人間の業というか悲しさというか、別の視点から見れば怖さというか、そういうものを感じました。
3 「家族」
心中した両親を他殺のように偽装する話がありました。
心中なら心中でよさそうなものですが、偽装しなければならない理由があったのです。
ポイントはこの子供が母の連れ子であったこと。
つまりですね、法律上父の子供ではないのです。
まあ、たいていは結婚した時に、連れ子と養子縁組をするのでしょうけれども。
この父はしなかったのです。
そして、心中の首謀者がこの父だったわけです。
そうすると、どうなるか。
父は母を殺してから自殺をしました。
そうすると、父の遺産は子供にはいきません。
父の親族にいくだけです。
しかし、ですよ。
父が死んだ後に母が死ぬとどうなるか。
父の遺産は母にいきます。
母の(父から相続した)遺産は子供にいきます。
というわけで、子供にとってはどちらが先に亡くなるかでずいぶん違うのでした。
この子供、単なる金の亡者ではなく、父と母の関係に翻弄されて人生を送ってきたという側面があります。
そこから、父より長く生きるという母の言葉を実行しただけ、という心理的側面もあったことでしょう。
謎解きよりも、この人間模様が強く印象に残りました。
どういう親子関係だったかは、まあ本作をお読みください。
4 総評
久しぶりの短編ガリレオでした。
犯人の人間像をこれでもかと描く長編とはちがい、謎解きが中心となる短編。
ガリレオシリーズは、そういうものでした。
しかし、本作を読んで印象が変わりました。
短編の中でも、人間の葛藤、情念。
そういうものが表現されるようになっています。
これは、とてもよい変化、進化といってもよいかもしれません。
とても読み応えのある短篇集でした。
未読の方にぜひお薦めです。
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