1 本作の概要
長編としては2作目です。
まだ「容疑者Xの献身」のショックが癒えていない湯川准教授。
警察の捜査協力依頼にも渋りがちです。
というか、本書を3分の1読み進めても、湯川准教授は登場しませんでした。
被害者と警察サイドでお話が進みます。
内海刑事が登場したことで、登場人物があふれている感じになっています。
それでも、読者を惹きつける展開はさすが東野さん。
今回は、トリックと動機、この2つで読者を驚かせました。
2 驚愕のトリック
今回の被害者は、なかなか叫喚しにくい考えをもった男です。
端的にいえば、子供はほしいが妻は要らないというタイプです。
なら養子でいいじゃないかと思うのですが、そこは実子じゃないと嫌なようです。
妻に1年以内に子供ができなかったら離婚というルールを押しつけています。
で、できなかったので離婚を切り出しました。
そうしたら、なんと毒殺です。
誰がどう考えても妻が容疑者ナンバーワンですね。
しかし、妻には完璧なアリバイがある。
通常アリバイ崩しが始まるのですが、今回はそうではありません。
どうやったら離れた場所にいた夫を毒殺できたか。
この謎解きがメインとなりました。
この謎、湯川先生は虚数解といっていました。
これは、実現可能ですが実現したことが信じられないというようなたとえです。
毒をどこに仕込んでいたのかということなんですが、思いついても実行できないでしょって感じです。
まあ、奥さん子供ができない体質だったらしいので、1年で婚姻生活が破綻することは予想していたらしいのです。
万が一、夫の考えが変わったらと期待はしていたようなんですけど。
この謎、普通なら毎日使うであろうものを1年間使わなかったというもの何ですね。
そのものはなんと…、とまあここは読んでみてください。
東野さんもよく考えたなあ。
普通あり得ないことも、殺人を犯すような人なら実行しかねない。
そう考えれば、あり得なくはないのですが。
少なくともわたしは驚愕しましたね。
3 驚愕の動機
次に動機です。
自分を捨てた夫に対するうらみ。
そう考えるのが普通です。
作中、婦人が夫に対する強烈なうらみを表さないのですね。
また、夫を奪った女性に対する嫉妬もないのです。
というか、その女性と仲良くしています。
別に共謀したわけではないんです。
これがとても不思議でした。
警察も婦人はあやしいとにらんでいたのですが、どこかこの人が犯人ではないと思っていたふしがあります。
それはこの婦人の感情に由来するものでしょう。
草薙刑事がこの婦人に惹かれた要因に、こういうところもあったのでしょう。
実は、婦人はある人物の思いを実現するべくこのような犯行を行ったのでした。
なんという巡り合わせ。
それが誰なのかは、本作を読んでいただくとしてある種の信念に基づいた犯行だったわけです。
そして、その準備は結婚した時から始まっていた。
すごい構想です。
4 総評
実は、この第5巻は前作の第4巻と同時に発表されたのだそうです。
第3巻の後味の悪さから湯川准教授は警察への協力を渋るようになりました。
第4巻の途中にはふっ切れたように見えたのですが、第5巻の冒頭でもそのような態度を引きずっていました。
それは、同じような時期の話だったからなのですね。
本作では、草薙刑事が犯人に恋をしているのではないかというところも読みどころとして提示されました。
しかし、それはさほど大きな見せ場にはなっていません。
ちょっと意固地になったり、ちょっと感傷的になったりするくらいです。
草薙刑事の性格としては、そんなところで精一杯だったのかもしれません。
今まで湯川准教授を引っ張り出す装置ぐらいの役割だったので、もっと人物が立体的に描かれるのかと期待はしていたのですが。
本作は見所はそこではなく、犯人の描写です。
驚愕のトリック、動機もこの犯人を際立たせるためのガジェットです。
ガリレオシリーズの長編は、犯人の人間像をこれでもかと描き、そこから人生について思いを巡らすようになっています。
見事としかいいようがありません。
いい話だった。
読後の感想はそれに尽きました。