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【ネタバレ書評】池井戸潤「下町ロケットヤタガラス」

1 本作の概要

大人気「下町ロケットシリーズ」の4巻です。

今回も佃社長率いる佃製作所のみなさんが大活躍。

3巻に続いて、農業用トラクターに取り組むお話です。

さらっと、3巻のお話を書くとこうなります。

新たな事業として農業用トラクターのバルブ製作に乗り出した佃製作所。

新進気鋭のトランスミッションメーカー、ギアゴーストにバルブを納入することになりました。

順調かを思われたその時、ギアゴーストが特許訴訟に巻き込まれ会社存続のピンチに。

佃製作所は全力でこれを支援、ギアゴーストはなんとか訴訟を乗り切ります。

しかし、なんとギアゴーストは大恩のある佃製作所との事業を打ち切り、佃のライバル会社と手を組みました。

裏切られた佃製作所、さてどうなるか。

こんな感じです。

このトラブル、どう乗り切るのでしょうか。

2 大企業対中小企業

さて、そんな佃製作所に農業用小型エンジンとトランスミッション供給の話が舞い込みます。

相手は帝国重工、日本を代表する大企業です。

佃社長とロケット事業でつきあいのあった役員が今度は中小型トラクター開発を手掛けることとなり、自社開発では間に合わないことから佃製作所に依頼したのでした。

とまあここまでは順調にいくのですが、そこは企業社会、横やりが入ります。

この農業参入が実績となると踏んだ役員の上司が乗り込んできて指揮を執り始めます。

この人、下請けいじめで悪名高く、社内政治でのし上がったような人です。

当然、いろいろと恨みをかっていました。

この中小型トラクター事業に真っ向から挑戦するものが現れます。

中小企業の連合です。

革新的な技術を集めて、大企業対中小企業連合という図式を作り上げます。

そこにはギアゴーストも入っていました。

中心となった会社の社長とギアゴーストの社長は、帝国重工、特に陣頭指揮を執り始めた役員に恨みを持っています。

マスコミや政治を巻き込んで、巨悪を撃つ!という図式ができあがりました。

さて佃製作所ですが、この役員のために一度は帝国重工との契約を打ち切られます。

しかし帝国重工は、中小企業連合にデモ・イベントと大きく差がつけられてしまい、致し方なく佃製作所と再契約です。

今まで、中小の立場で追い詰められるばかりだった佃製作所ですが、今度は追われる大企業の味方となります。

順調に実績を重ねた中小企業連合ですが、思わぬ落とし穴がありました。

トランスミッションのリコール。

この不具合を修正するには、佃製作所の特許が必要になります。

一度、恩を仇で返した相手、さて佃社長は敵に塩を送るのか。

こんな展開となりました。

3 恩讐の彼方に

本作に現れる人物には、それぞれにそう行動しなければならないような動機がありました。

それは復讐。

3巻の【ネタバレ批評】でも話しましたが、人間にはマイナスの動機というものがあり、復讐はその一つです。

gisukajika.hatenablog.com

帝国重工の嫌な役員の動機は父親を見返すこと。

中小企業連合の社長は、自分の会社をつぶしたあの嫌な上司に復讐すること。

アゴーストの社長は、自分を帝国重工から放り出したあの嫌な上司に復讐すること。

まあ、こんな感じです。

なので、それぞれの行動を憎みきれないところはあるのですが、やっぱり復讐は復讐。

やり遂げても、達成感などはありません。

他人からの称賛もありません。

気が晴れるくらいです。

一方、佃製作所に集まってきた人々はそうじゃありません。

復讐を誓ってもいいくらいの処遇を受けた人もいるのですが、それよりももっと大きなことへの貢献を考えていました。

ここらのコントラストが鮮やかで、ちょっと人生について考えさせられます。

4 総評

この下町ロケットシリーズは、現代のおとぎ話で、こうだったらいいなという夢がいっぱいつまっています。

でも、おとぎ話や昔話っていうのは、おもしろいからだけでは残りません。

そこには、教訓があって、その教訓に共感する多く人たちがいたから残ったのです。

受容読者論的な文芸史というのは、大衆社会の価値・倫理の歴史でもあるのです。

さて、この下町ロケットシリーズ、特に佃航平社長の仕事に対する考えというのは、多くの人が共感するものだと思うのです。

仕事の理念とかをいうと、ブラック企業のやりがい詐欺などを例にして批判されることが最近増えました。

しかし、仕事に限らず人生で行うこと、特に精力を注いで行うことには、みんなが共感できる価値が潜んでいてほしい。

そう思うことは、自然と思います。

霞を喰って生きるつもりか。

こういう批判が本作内にもありました。

もちろんお金は必要なんですが、人生の多くの部分を占める仕事に価値があってほしいと思うのは自然なことです。

価値ある仕事をしている佃社長がうらやましいですし、少しでも近づきたい。

読後、最初に思ったのはこのことでした。