1 少年時代の憧憬
森見登美彦さんの小説です。
アニメ映画にもなりました。
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第31回日本SF大賞も受賞しているとか。
とはいっても、SF的要素は少なめで、どっちかというと「すこしふしぎ」程度です。
お話の主軸は、小学4年生の主人公アオヤマの成長、というか大人への憧憬でしょう。
この主人公の独り語りで物語は進みます。
一般的には、この小学生、感情移入しにくいタイプではないでしょうか。
妙に理屈っぽく他人の情緒にうとい。
変わり者の優等生みたいな小学生です。
小学生らしい感情直行の行動はありません。
しかしながら、わたしは共感できました。
なぜなら、成績優等ではなかったものの、こんなタイプの子どもだったからです。
2 「お姉さん」とは
少年が憧れている存在。
それが近所の歯科衛生士のお姉さんです。
このお姉さんは、自覚がないものの不思議なことをする人で、少年に情緒的な成長を促す存在です。
「ペンギン・ハイウェイ」は、このお姉さんががジュースの缶から生み出すペンギンについての不思議を解くというのが主筋なのです。
しかし、この主筋は読者にとってどうでもよい謎です。
解決への意欲をかきたてません。
おそらくは、大した謎でもなく解決されるか、解決されないまま放置されるかだろうなあ。
そんな印象を読書中から与える謎です。
身も蓋もないことをいえば、実際そうなりました。
要するに少年たちを突き動かす動機としての役割があるだけです。
主人公は、真面目にわからないことを研究する少年。
この少年の研究対象として必要であった。
そのくらいのものです。
読者としては、少年がお姉さんへの初恋を自覚し、どのように変容するのか、の方が気になるくらいです。
とはいえ、このお姉さんも舞台装置じみていて、内面は掘り下げられるわけではありません。
一人称小説の限界といえばそうなんでしょうが、そもそもそれ以上の役割を担わされていなかったという感じが強いですね。
3 大人になったのか?
謎は一応解決し、街には平常が戻り、ただしお姉さんはいなくなる。
こういう結末を迎えます。
そこで、少年は初恋を自覚し、またお姉さんに会うべく研究にいそしむという結末を迎えます。
それで、初恋のお姉さんへのこだわりが残るということになるのですが、何かの物語と似ていると感じました。
「秒速2センチメートル」です。
あのアニメの主人公も、大人になっても初恋の女性を忘れられずに年齢を重ねるという結末でした。
少年というものは、初恋にとらわれるという型ができているのでしょうか。
実際は、そんなことはないでしょう。
おそらくは、過ぎ去ったことへの美化がそうさせているに違いありません。
この小説もそんな感じです。
少年は大人になったのか?
初恋を自覚したという意味ではそうでしょう。
しかし、初恋にとらわれているという意味ではそうではありません。
そういう自分を相対化した時に、始めて大人になる。
そういうものではないかと思います。
4 総評
日本SF大賞がどの部分を評価したのかは、わかりませんでした。
SFというか、これはファンタジーです。
科学的なところはありません。
まあ、バロウズの火星シリーズをSFというのであれば、これもSFなのでしょうけれど。
少年が大人になるという意味では、お姉さんの内面を、つまりは等身大の大人を知るというところがあるとよかったと思います。
少し物足りない感じがしました。
森見さんの作品としては「夜は短し歩けよ乙女」の方がやっぱりいいと思います。
思春期に入る直前の思い出。
そういう忘れかけている時期の思い出に浸りたい人には合っているでしょう。
全体にやさしい感じの小説ですから、読後そういう雰囲気を包まれると思いますので。