1 三秋縋
三秋縋さんは大好きな作家です。
最近は新作が少なくて残念でした。
この作品が最新作なのかな。
といっても2018年の初出なので、もう4年も前になります。
出版されたことは知っていたのですが、小説から別のジャンルに興味が移ったこともあって、放置していました。
しかし、気にはなっていたので、ようやく手にしたって感じです。
タイトルにもあるようにネタバレですので、気になる方はバックをお願いします。
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2 設定
一番重要な設定は、「義憶」が一般化した社会ということです。
「義憶」とは何か?
人工的に植え付けられた偽の記憶です。
アルツハイマー病の研究の過程で生まれた技術とのことです。
脳へナノマシンを送り込むことによって可能となる技術です。
義憶があることで、幸福ではなかった過去を幸福と思えるようになる。
そうすることで、幸せな人生を送ることができる。
一種の「精神安定剤」のようなものです。
その効能が認められ多くの人が決して安くはないこの「治療」を受けている。
この小説はこういう舞台で展開していきます。
ハヤカワ文庫から出版されているのも納得です。
見事にSFですね。
3 不幸せな主人公
三秋さんの他の小説と同様、何かに満たされない主人公が登場します。
この主人公、人づきあいがヘタで苦手で、学生時代に特筆すべき思い出がない人です。
しかし、大学生で経済的にも困っていない。
そんなに不幸かとも思うのですが、こういうものはその人の感じ方が真実なので、そうなのでしょう。
映画や小説のような恋愛ができなかったといっても、できる人の方がまれなのだから気にすることはない。
そんな風に思うのは、不幸に飼い慣らされた証拠なのかもしれませんので。
さて、主人公は自分の幸せではない過去を一切忘れるという義憶の購入を決意します。
そうすることが最善と信じているからです。
しかし、ここで事故が起きました。
一切消去する義憶薬ではなく、甘い恋の思い出を作る義憶薬が処方されたのです。
もちろん主人公は義憶を消す薬を要求しますが、それを飲む決意がつきません。
偽の記憶である恋の相手が現実に存在しているという現象に出会うからです。
義憶は現実ではない。
このことは義憶薬を処方された人はみんな知っています。
この謎を解こうと主人公は奔走するのですが、いつしか義憶の相手をほんとうに…。
とまあこんな展開です。
4 総評~幸せとは~
ある作家がこんなことを言っているインタビュー記事を読みました。
「この種の女の子は、どう幸せに亡くなるのかということが問題で…」
どういうことかというと、不治の病とか設定上不幸な登場人物を出した場合は、その子が死ぬことは決まっているので、後はどうすればその子が幸せに死んでいくのかを述べていくことが大切なのだ、とこういう意味です。
ぶっちゃけ過ぎて草も生えない感じですが、作家の腕の見せどころはこういうところだという話でしょう。
いえば、この小説もその類いです。
それで、主人公に関わった女の子は幸せに退場していくのですが、残された主人公が幸せかというと、若干疑問でした。
おそらく主観的には幸せなんだろうと思いますが。
この小説の幸せとは、他人にほんとうに必要とされた経験なのだと思います。
ある種、アドラーの共同体感覚にも通じるところがあるでしょう。
そういう経験があれば、人は満足して生きていける。
読後、こういうことが心に残りました。
ただ、ですね。
登場人物たちは、それを義憶でもよいと考えてスタートしたのです。
しかし、義憶で始まったはずなのに、現実の人間とかかわり、実際の経験の記憶で終わります。
偽の記憶でもいいじゃないか。
というところまで突き詰められてはいない。
極端に走ると読者の共感が得られないということはあると思いますが、SFでもありますし、極端な姿を提示して読者に判断をゆだねるという形もあったかなあと思います。
そうした場合、もしかすると、いやもしかしなくとも、小説の完成度は低下するような気がしますが。
この形でよかったのでしょう。
少しややこしい話を書きましたが、「君の話」は十分エンターテインメントで読んで楽しめる話ですので、恋愛小説などのジャンルを好む人にお薦めします。
おもしろいですよ。