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「風の又三郎」と郷愁

 


1 はじめに

 まだ知らない世界への憧憬。
 「風の又三郎」の読後感を表すとこうなります。
 この小説は,小学生か中学生の頃読んでいます。
 しかし,たいした印象は残りませんでした。
 風が強かったここ数日,ふと思い出して読んでみたのです。
 今回は,その感想です。

2 地域の向こう側

 「うな」
 再読して,この方言に目が止まりました。
 これは「あなた」という意味の乱暴な言い方です。
 敬意をこめてはいません。
 子どもの頃,普通に使っていた言葉でした。
 作中会話の中に出てきて,ああと時代感がよみがえってきました。
 もちろん,「風の又三郎」とは地域が違いますし,時代も二世代以上上です。
 でも,そこに日本の昔の田舎を感じたのです。
 外の世界と隔絶された地域。
 いわゆる「まち」に出るのが一仕事だった時代。
 そんな舞台で成立するお話です。
 今の時代では,実感がもてないのではないでしょうか。

3 他愛もないエピソード

 この小説に出てくるエピソードは,どれも他愛のないものです。
 馬を追いかけて迷った話。
 タバコの葉を採ってしまった話。
 友達と言い争いをした話。
 川遊びをした話。
 2学期の始めの話なんですが,夏休みの延長戦のような感じです。
 まだ,楽しい季節を終わらない。
 名残惜しい。
 そんな時期の話。
 どれも又三郎にかけて不思議風に解釈できますが,それは取りようといった漢字です。
 これ,小学生ぐらいだと分かる感じです。
 自分が見つけた(と思い込んでいる)場所に,思い入れたっぷりのお話をつけて友達と楽しむ。
 そんなことは,多くの子どもにあったと思います。
 アン・シャーリーほど豊かではなかったにしろ。
 この他愛のなさも,郷愁をさそいますね。

4 高田三郎の視点

 又三郎とされた高田三郎さんにとって,在籍したわずかな期間はどんな感じだったんでしょう。
 おそらく転校の多い子どもです。
 そして,感情は安定しています。
 友達の交流もほどほどです。
 よくある転校先の学校だったのかもしれません。
 つまり,再訪したいと思うまでもないところ。
 そんな印象です。
 このお話は,村の子どもの視点でないと成立しないんですね。
 地域の固定され,決まりきった日常をそれなりに楽しみながら送る。
 しかし,どこかワクワクするようなものが来ないかと待っている。
 環境は大きく変わりましたが,異世界転生ものを好む心情と重なるところがあると思います。
 しかし,現代の読者は又三郎という異世界にワクワクできるのか。
 そこが,今の時代に受けるかどうかの分かれ目のように思います。

5 最後に

 この小説は正式に発表されたものではないそうです。
 草稿を読んでどうこう評価するのは,行き過ぎなように思います。
 しかし,この小説が受けてきたのは,やはり現実からの逃走や別世界への憧憬があったのではないかと思います。
 私にとっては,少年時代の懐かしさが勝ちましたけど。