1 本書の概要
経団連会長を6期12年務めた石坂泰三さんについて城山三郎さんが記した本です。
石坂泰三さんは、逓信省の役人からスタートし、第一生命、東芝の社長を歴任し、大阪万博の会長も務めました。
高度経済成長の財界人の代表といった人物です。
その人を城山三郎さんが書く。
「部長の大晩年」が心に残っているわたしには、興味ある1冊でした。
2 城山風伝記
本書は毎日新聞に連載されていました。
なので、毎日なにかしらの山場を作る必要があったのかもしれません。
本書は、幼少期から壮年期に至るというような一般的な伝記ではありません。
ほぼ年代順には並んでいるのですが、読者が興味を持ちそうなエピソードを入れて人物を語るという形式になっています。
ということは、おもしろいエピソードが連なっているのか。
と思われるかもしれません。
まあ、おもしろいエピソードをあるのですが、何度も使われているエピソードもあります。
新聞連載なら読み返しはできないのでいいのでしょうけれど、1冊にまとめると「それは聞いたよ」になってしまいます。
それに、たぶん想定されている読者が石坂さんをある程度知っているという前提のような気がします。
あの石坂にこんなエピソードがあったのか。
あの石坂はこんなことを話していたのか。
という風に石坂さんの人物について理解を深める、というような感じなのです。
石坂さんを同時代人として知らないわたしにとっては、大本の幹がわからず、周辺の枝振りの見事さを説明されている感じがしました。
これが、城山風といえばそうなんですが、「部長の大晩年」ほど楽しめなかったのは事実です。
偉い人がいた。
その人はこんな性格で、こんな人物だった。
簡単にいうと、そう話されている感じがします。
つまり、何が偉かったの?
と、子供のように訊いてみたくなりました。
3 経済人
石坂さんは、経済人として成功した人物です。
しかし、出身は官僚。
どうやって会社を大きくしたのか、本書ではわかりません。
第一生命は小さな会社だったそうですが、会長のカバン持ちをしながら大きく育てたそうです。
東芝は、戦後リストラをしなければならない時に社長を引き受け、労働争議をまとめたとのことです。
予算が少なく赤字になっても政府は補填しないといわれた大阪万博を成功させたとのことです。
第一生命では経済人らしいことをしたのでしょうが、その後はトラブル解決に奔走した感じで、経済人なのかなという思いです。
その第一生命もGHQに接収されたビルを建てたという実績が多く語られるくらいです。
つまりですね。
本田宗一郎とか松下幸之助とか、そういう立志伝中エピソードがあるわけじゃないんです。
時の大蔵大臣に「もう、きみには頼まない」と啖呵を切ったとか、そういうエピソードはあるのですが、経済人という感じはしません。
有能な役人として、スカウトされたという感じです。
その有能さは、財界総理という別称そのままに民間の政治家のようでした。
4 総評
家庭人としてのエピソードが二つ印象に残りました。
死後愛妻家と娘に評されたこと。
次男が戦死したこと。
この一つめは、生きてるうちに妻孝行をすればいいのにという思いが透けて見えます。
まあ、実際そうだったのでしょう。
もう一つの次男の話は、理系志望の次男を文系に変えたために徴兵された。
このことを後悔したという話です。
どちらも、昭和の家庭を顧みない夫にはそれなりのエピソードかもしれませんが、現代から見ると、さほどでもない感じではあります。
靴下まで妻に履かせてもらっていたという話だったり、理系の同級生が誰も死んでいなかったりという話で感動するかといわれれば、どうでしょうか。
次男の方は不幸だったと思いますが、もっと理不尽に徴兵された人は大勢いたと思います。
財界総理なら、そこに思いをはせてもいいと思うのですが、そういうエピソードはありません。
総じて感じたところは、偉くなった人がこんな人間味があったんだという話がしたかったのかなあ、ということです。
わたしには「部長の大晩年」の方が、心に響いたかな。
もちろん、石坂さんの方が経済人として大成功はしているのですが。
この伝記が10年後20年後にも読まれるかどうか。
わたしには判断がつきませんでした。