1 本書の概要
鎌倉時代、とりわけ源氏三代の時代を題材にした短篇集です。
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5人の作家が1作ずつ執筆しているという形式ですが、それぞれが個性を放ってバラバラという感じはありません。
ある種の統一感があります。
それは、諸行無常であったり、時代に翻弄される恋愛であったりします。
実は、鎌倉市を題材にした現代の小説かと思って手に取ったのですが、これはこれでとても趣のあるものでした。
2 北条政子という女性
源氏三代を題材にすると、その三代を生き抜いてしかも舞台の中心に立ち続けている人物が必要になります。
かっこうの人物がいますね。
北条政子です。
歴史上、女性の名前ははっきりと伝わることはないのに、北条政子はしっかりと伝わりました。
吾妻鏡でも、無視できないくらいの存在感。
いわば、鎌倉の女主人。
そんな存在です。
本作でも、娘時代から老境に至るまで、多くの作品でその生き様が描かれています。
歴史の授業だと、承久の乱の演説ぐらいしか出番がないんですが、実際には大きな影響力を持っていたんでしょうね。
しかし、夫の死後、長男が幽閉されて暗殺、孫に次男を殺されるという、普通に考えればメンタルやられてもおかしくない状況で、上皇に弓引くんですから普通じゃないんです。
傑物であったことはまちがいないでしょう。
3 源頼朝という非情の人たらし
本作では、鎌倉三代の中心人物である源頼朝については、直接描いていません。
周辺人物が語るという形式で間接的に述べられているだけです。
およそ侍には見えない、公家のような優男。
人をたらし込む話術の天才。
しかし、情け容赦のない決断力。
大人物であり、鎌倉殿と尊敬され、板東武者の心のよりどころであった人物。
しかし、頼りになるか思えば、あっさり殲滅の断を下す。
そういう恐ろしい人物でもあります。
娘大姫が木曽義仲の息子と許嫁にしておきながら、娘の婿になるはずのものをあっさりと殺す。
本作では、それで気を病んだ娘を描いています。
木曽義仲とか源義経とかは、親族・家族という思いも薄かったと思います。
そもそもが見ず知らずの板東武者を頼りに生きた身。
京に戻ることなど考えもしなかった。
わたしには、人間的な部分が見えてこない存在です。
後白河法皇や後鳥羽上皇の一筋縄ではいかない政治的人物像がよく小説で語られていますが、わたしには頼朝の方がこわい感じが強いですね。
4 総評
時代小説というのは、難しいジャンルです。
歴史上の舞台を題材に、庶民的な感覚の人生模様を描くことが多いのですが、当時と現代では価値観が大きく異なっています。
なので、当時の価値観で小説を書いても、現代の読者の共感は得られません。
とりわけ、恋愛に関することはそうなりがちで、現代的な恋愛観を当時の人が持っているわけはなく、正確に描くことがおもしろい小説につながることはないと思います。
まあ、時代小説とは、歴史を題材にしたファンタジーだともいえるので、そこを問題にするのは野暮というものではあります。
それで本作なのですが、政子や大姫で描いた恋愛模様をもっと読みたかったという感想が強く残りました。
鎌倉時代といえば、いざ鎌倉に代表される、武士の生き様が描かれる傾向が強いのですが、それはそれとして、というかそれはもうたくさん描かれているので、鎌倉時代の恋愛を読んでみたい気がしました。
そういう点から、本作はおもしろかったのですが、もっと恋愛方向に突き進めてもよかったんじゃないかと思っています。
おもしろい短篇集でした。