1 本作の概要
池井戸潤さんの銀行ものです。
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本作の特徴は、若い女性行員が主人公であること。
花咲舞さんといいます。
優秀な窓口係で、現在は事務臨店として各支店を回っています。
事務臨店とは、事務事故を起こした支店の業務改善のために問題の洗い出しと解決策を探る係です。
正義感の強い花咲さんの下で、不正や不適切な業務がただされていく。
そういうストーリーです。
本作はエンターテインメント性が強く、2014年に「花咲舞が黙ってない」としてドラマ化マンガ化されているのだとか。
短篇集でもあり、勧善懲悪性が強く、楽しくサクサク読み進められるお話でした。
2 行内外の弱い者いじめ
花咲舞が助けるのは弱者です。
事務臨店は、窓口業務の仕事を点検するのが仕事。
窓口業務を行っているのは、一般職の女性行員。
相対的に銀行内では立場が弱い人たちです。
また、本作の時代は1990年代。
まだまだ、寿退社などが励行される時代でした。
なので、やめさせられることも、本当はいけないことなのですが、あるということです。
花咲舞はそれに立ち向かっていきます。
狂咲と上司からあだなが付けられています。
おそらく、正義に基づいた猪突猛進は、組織の中で「狂った」ように見えたのでしょう。
でも、それで救われる人もいる。
現実にはありえない設定で、ということもあるのでしょうが、この印籠を持たない黄門様ご一行といった感じで、世直しならぬ銀行直しをしていく様は痛快です。
パワハラうんぬんは、線引きがわからない部分がありますが、弱い者いじめなら単純明快。
こういう弱者の味方が、みんな大好きなんです。
3 嫌がらせ
江戸の敵を長崎でとる。
というのはあまりよいことわざではありませんが、本作ではそういう気になっている者がたくさん出てきます。
つまり、花咲に仕返しをしようとするのですが、元々の案件ではどうにもならないので、別な困難を押しつける。
もっと直截にいうなら、ワナをかける。
ワナにかかったら高笑い。
そんな構図です。
まあ花咲はそんなことにはならないのですが、ちょっと現実を想起させるような展開でした。
現実社会では、こういうことを考えるやからはいっぱいいます。
いっぱいいます(大事なことなので2回いいました)。
日本人が、愛想よくニコニコしているというのは、この手のやからを避ける処世術という面が強いと思っています。
だから派閥もできるというわけです。
人間の暗い情念というのは、度しがたいと思いますが、初老となったわたしにはこれも人間と思えるようになりました。
ほんとうはこういうのがなくなればいいのですけれど。
本作に戻ると、こういう現実があるので、本作の展開にもリアリティが出てくるし、そういう逆境に負けない主人公に支持が集まるのだと思います。
嫌がらせって、人間の嫌な面が凝縮しているように思います。
4 総評
こういう話を鬼平犯科帳のようにずっと続けていくということもできるでしょう。
実際、わたしはとてもおもしろいと思いましたし、もっと花咲の活躍を読みたいとも思いました。
しかし、続編があることは確かですが、池井戸さんはこれをライフワークとはしなかったのです。
もっと書きたいものがあったということでしょう。
それであったとしても、本作は非常におもしろい短篇集ですし、キャラクターも魅力的、題材も銀行の窓口業務という行員以外にも親しみのあるところを扱っています。
もっと続けていただけたらなあと思います。
まあ、サザエさんのように歳を取らない花咲舞というのも、それはそれでいただけない気がしていますけれど。