1 本作の概要
池井戸潤さんの日常ホラーものです。
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最初、スティーブン・キングの小説か何かを想像しました。
つまり、日常に潜む恐怖が幸福な日々を破壊するというような。
読後、(やっぱり池井戸作品だ)となりました。
一番のネタバレをしてしまうと、日常ホラー要素は薄いです。
半分はいつもの銀行ものでした。
日常と仕事がリンクしてくるのかと思ったのですが、それはそれこれはこれでお話は展開していきます。
そして、ここが一番ホラーものっぽくない点なんですが、恐怖の行動をする者の動機を説明してしまうのですね。
つまり不気味さが全部解消してしまうんです。
ホラーの本質は理解できない不気味さにあるのと思うのです。
だから理解を超えた犯罪が起きた時に、わかるわけもないのにワイドショー等が犯人の動機や背景を追究するのです。
理解して、整理して、安心したいために。
ホラーものは、最後まで安心できないものなのです。
そういう点から、本作はいつもの銀行ものの延長線上にある作品でした。
新しい試みとしては、おもしろかったのですが。
2 ストーカーの恐怖
ストーカーの怖さというのは、相手のわからなさです。
敵を知り己を知れば百戦あやしからずや。
と孫氏をだすまでもなく、相手を知れば対策が立てられます。
ところが、ストーカーは相手がわかりません。
相手がわかっても行動規準がわかりません。
つまり対策が立てられないのです。
ずっと守っていなければならない。
ずっと相手のターン。
これは相当のストレスです。
本作では、家族を守るために何とか立ち上がらなければならなくなりましたが、勇気もわいてこないかもしれません。
そして、助けもあまり期待できない。
警察に助けを求めるのですが、具体的な傷害などが起きないと真剣に捜査をしてくれない感じなのです。
困ったものです。
さて、本作では家庭が安定しない要因としてストーカー事件が取り上げられているようです。
これが主人公の職場の事件にからんでくるとさらにおもしろかったのでは、と思います。
あくまで2つの事件が主人公にストレスを与えるという点でしか共通点がなく、平行に進んでいくので、物語に立体感がないように感じました。
3 気弱な主人公の成長
池井戸作品の主人公は、意志の強い人物ばかりです。
典型は半沢直樹で、相手に啖呵を切るのが常態です。
ところが、本作ではまったくそうではない主人公を設定しました。
相手の顔色をうかがい、その場で波風を立てない人物です。
この人物の父親のエピソードも語られ、遺伝的形質なのかとも想像させます。
要は、強固で変わりにくい性質ということが強調されているのです。
ですが、家庭ではストーカー対策を、会社では不正を暴くという役割を担わされてしまいます。
本当に気弱な男ならば、ここで何もしないという逃げをうつでしょうが、さすが池井戸作品の主人公。
この逆境に立ち向かっていきます。
しかしまあ、家庭の方はあまり助力もなしでだったのですが、職場では茶髪のシングルマザーで有能な経理屋の部下が助けてくれます。
それで、ほぼ自力で立ち向かっている家庭よりも、職場の方がいきいきと主人公を描けているんですね。
このあたり、池井戸作品は家庭ドラマがうまく描けないのかなあとも思いました。
読む前は、池井戸さんの家庭ドラマが読めるかもと思っていたんですけれど。
そうそう、主人公の成長ですが銀行員としての自分のアイデンティティを再確認して人生に前向きになりました。
まあ、社会人として成長したって感じでしょうか。
4 総評
意欲作ですが、あまり成功しているとはいえないと思います。
池井戸作品の前期は、ややヴァイオレンス風味もあるハードボイルド風銀行ものが多くあります。
後期は、同じく銀行ものなんですが、暴力はなくなり社会人としての成功を追い求めるような作品が多くあります。
本作は、その間の過渡的な作品と位置づけられるのでしょうか。
もちろんおもしろいはおもしろいのですが、中途半端な2つの出来事が平行に語られるだけなので、ちょっと肩すかしをくったような感じがするのです。
それと、池井戸作品にでてくる家庭って、どこか高度経済成長期の家庭のにおいを残していて、ホームドラマって感じにはならないんですね。
よく描けている「下町ロケット」や「陸王」でも、やっぱり仕事第一って感じですものね。
それでも、池井戸調のホームドラマも読みたいなあと思って、期待してしまいますが。
そうそう、もう一つのホラーものっていう本作の側面は、失敗していると思います。