1 本書の概要
池井戸潤さんの銀行もの短篇集です。
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総務特命とは、銀行内の金融警察みたいなものでした。
8編あるのですが、どれもお金や仕事と人生にかかわるテーマを取り上げています。
読み応え十分でした。
主人公は指宿修平という中年男。
池井戸作品にはめずらしく家庭が描かれていないのですが、おそらく独身でしょう。
途中から唐津という女性が部下になります。
最後の短編では主人公になっています。
この二人が、銀行内の不祥事を捜査するというお話です。
全体を通して2つのことが印象に残りました。
2 人を利用する人間
第7話の「遅延稟議」で決定的に描かれているのですが、人を自分のために利用する人が本作ではよく描かれています。
利用される側は、仕事に対するこだわりと真面目さとか評価ほしさとかそういうことで利用されます。
そして、心のどこかで、自分の献身が報われることがあるだろうと信じています。
残念ながら報われることはありません。
だいたい悲劇に終わります。
こういうことって、実社会でも多くあります。
これだけ多くの作品で題材にされていることを考えると、池井戸さんも社会人時代の経験したんじゃないでしょうか。
わたしも、これほどひどいことにはなっていませんが、こういう経験があります。
利用する側って、ほんと人の心がないんですよね。
まあサイコパスなんでしょう。
実社会では、距離をとるのが一番です。
「遅延稟議」では、自分の利益確保のために部下を使いつぶす人が描かれます。
この第7話では、結局傷害事件という結末を迎えます。
第2話「煉瓦のよう」では被害者の自殺という形で決着がつきました。
これは、銀行の名誉を守るという形での決着と被害者は信じています。
しかし、被害者の奥さんが語ったように、何の名誉も守っていません。
ただ、累が自分に及ばないよう考えている人物の利になったというだけです。
救われないことこの上ない。
実社会では難しさもあるのですが、やっぱり人を利用する人間には近づかないのが一番です。
それにしても、こうして小説の題材に繰り返し使われることを考えると、多くの読者が「あるある」とか「かわいそうに」と共感しているのでしょう。
どこにでもこういう人間はいるということ。
人間の業なんだと思います。
3 口約束は約束ではない
口約束は約束ではない。
このことは、多くの人から教えられることです。
しかし、多くの人が口約束を信じてしまい、悲劇におそわれます。
どうしてなんでしょう。
おそらく、約束というよりも人を信じてしまったから起きたことなんでしょうね。
口約束は「あの人がいうなら」ということが前提になっています。
でも、ですね。
これは前提になりません。
ある種のポンジ・スキームのようなものです。
ポンジ・スキームとは投資詐欺の一種です。
投資を持ちかけ、約束通りの配当を支払います。
実際に配当金を得たことで、出資者は相手を信用します。
そして、さらに出資していくわけです。
最後には、大きな出資を持ち逃げドロン。
そういう詐欺です。
人間の信用、まあだまされる信用ですが、もこれと同じです。
小さなお返しをして信用させる。
信用を得たら、ほんとうにほしいことをやらせる。
報酬はなく、被害や面倒は相手に押しつけたまま。
後は知らんぷり。
ほんとによく使われます。
これって若い人に教えていきたいことナンバーワンですね。
人懐っこい笑顔は行動は本物ではない。
そういう人がほんとうにいます。
人間は、ミラーニューロン効果なのでしょうか、他人も自分と同じ感性を持っていると考えがちです。
そんなことはない。
ということを経験でしか学べないというのも、人間の業のような気がします。
4 総評
とてもおもしろい短篇集でした。
ただ、同じ銀行ものでも、「花咲舞」や「半沢直樹」のようなキャラは立っていません。
指宿修平もいいんですけど、キャラで読ませるくらいの小説にはなっていないと思います。
そういうことからすると、ある種過渡期の作品なのかもしれません。
池井戸作品は、題材もおもしろいんですが、キャラが魅力的というのも大きな魅力です。
そういう点からすると、もう少し後の作品がよりおもしろいということになります。
が、銀行ものとして読めばこの作品も十分に楽しく、何より人間模様が描かれているのがよいと思います。
池井戸作品に興味のある方で未読の方に、ぜひお薦めします。