1 本作の概要
池井戸潤さんの銀行ものです。
![最終退行〔小学館文庫〕 [ 池井戸 潤 ] 最終退行〔小学館文庫〕 [ 池井戸 潤 ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/0940/09408166.jpg?_ex=128x128)
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今回も銀行をくいものにする悪者を暴き出すというもの。
裏金と人事が題材として取り上げられているのも、他の作品と同じ。
しかし、今回のガジェットとしてM資金が取り上げられています。
また、銀行の仕組みそのものが悪役として前面に出てきます。
バブル後に横行した「貸し剥がし」も取り上げています。
池井戸作品の中では、暗めな社会性がよく現れている作品といえるでしょう。
異色作品といえると思います。
2 M資金
M資金は陰謀もの小説、そして陰謀論そのものでよく取り上げられます。
要は、日本軍の隠し資金です。
いつか日本軍が再興されたときに使うための資金というわけです。
徳川埋蔵金と似たようなお話ですね。
冷静に考えてみて、あの太平洋戦争末期にそんな資金が残っているはずがありません。
しかし、一攫千金を夢見る人たちでは、いまだに信じられているようです。
実際、それをもとにした詐欺も行われたのだとか。
さて、本作ではトレジャーハンターの男が出てきて、海洋サルベージをもとにこの資金を巡った暗躍をします。
この男、ロマンを求めるわりにくえない男でして、M資金に関しては偽の情報を流し、出資者から延々と発掘費用をふんだくるという計画で動いています。
また、これに依頼する悪頭取も自分が作った裏金をおもてに出すために、つまりマネーロンダリングとしてこのサルベージを使います。
狐と狸の化かし合い。
まあ、ほぼ悪い人しか出てきません。
誰もM資金の実在を信じていないのが、逆におもしろかったです。
3 居場所
主人公は、銀行の副支店長です。
この副支店長、なかなか悲惨な境遇です。
まず、会社的には出世の見込みがもうなくなっています。
自分を利用しようとする店長がストレスの1。
バブル後の社会状況を背景に取引先に不都合な商談をしなければならないのがストレスの2。
こんな感じです。
やりがいも実際の立場も、もっといえば夢も現実もぜんぜん望んだようにはなっていないのです。
実際の中間管理職なんてこんなもんでしょうね。
そして、家庭です。
夫婦関係は冷え切っています。
妻は、見栄ばかり考えて、夫を助けようとする考えはありません。
日本じゃよくある夫婦です。
では、この主人公のなぐさめは何かというと、不倫なんですね。
部下と不倫しています。
この時点で、同情ゼロなんですが、これが発覚して東京から長崎の会社に出向させられます。
まあ、かわいそうといえばそうです。
しかし、会社の論理にとらわれていた副支店長が、部下の退職と取引先社長の自殺をきっかけに人間性を取り戻します。
そして不正を図った銀行内の悪者に復讐していくのです。
読んでいて爽快感はなかった、というか主人公に共感する部分はなかったのですが、悪者が倒されていくのは痛快でした。
最後まで不倫相手と仲良くしているのですが、作後幸せになったかはわかりません。
妻とは離婚裁判になるのですが、妻も不倫していたらしく、まあ慰謝料なしの離婚ということでまとまるのでしょう。
4 総評
表題の「最終退行」とは、1日を終えて銀行に鍵をかけて出ることをいうようです。
それを副支店長がほぼ毎日していた。
これは職務に忠実にしていたという象徴なのかもしれません。
これからもこういうことを続けるのでしょう、というようなことなのだと思います。
が、そういう仕事を続けていた副支店長には、先にも述べたように同情心がないので、この表題も響きませんでした。
いろいろな思惑が混じりドラマも多い作品ですし、筋立てもよくできていますが、あまり好きにはなれませんでした。
筋立てとしては、「半沢直樹1」に似ているような感じです。
ちがいは、主人公の魅力度でしょうか。
サスペンスものとして割り切って読めば、いい作品だと思います。
ただ、社会のよくない面を書き表しているので、小説でまでこういう世界は見たくないという人には、向かないと思います。