ギスカブログ

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【ネタバレ書評】池井戸潤「仇敵」

1 本作の概要

池井戸潤さんの銀行ものです。

短編が連なって、大きな物語となっている作品です。

そういう点では「銀行総務特命」や「不祥事」と似た形式といえるでしょう。

今回の主人公は、恋窪商太郎といいます。

大手銀行を退職し、別の銀行で庶務行員をしています。

この庶務行員というのが、本作のおもしろいところです。

本作では、次の2点が印象に残りました。

2 庶務行員

主人公の恋窪は庶務行員をしています。

銀行に勤めていないわたしなどには、何のことやらですが、銀行員にも職種があるとのこと。

窓口で応対してくれる制服を着ている方は、一般職。

大きな人事異動などはない代わりに、銀行の経営にはかかわりません。

背広で融資などのしているのは総合職。

経営にかかわるような仕事をしています。

出世もするのですが、職責も重いという感じです。

そして、制服を着て駐車場整理や窓口客の案内などをしているのが庶務行員。

簡単にいえば、雑用をする仕事です。

当然、昇給も出世も限られています。

決められた仕事をして定時に帰るという感じです。

印象としては、学校の用務員さんかなあ。

恋窪は、他行のエリートサラリーマンだったのですが、現在はこの仕事しているという設定です。

3 庶務行員の活躍

こういう立場の恋窪が銀行の様々な問題、総合職の行員が解決できないような問題を解決するというのが、本作の醍醐味です。

まあ一種の3年寝たろうとでもいいますか、能力なさそうな人が意外性をもって解決する痛快さです。

設定としては、おもしろいと思いました。

惜しむらくは、恋窪が他行のエリートサラリーマンだったという設定です。

ほんとに生粋の庶務行員という設定でもおもしろかったのにと思いました。

庶務行員は、当然ですが権限が限られています。

銀行内の資料を閲覧することもできませんし、信用照会をすることもできません。

本作では、総合職の若手行員の手助けをする、という形でそれを実現しています。

自分の銀行だけでは得られない情報は、前職の部下を通じて得ています。

こういう活躍の手段を用意するための設定なのだと思います。

思いますが、そこはもっと荒唐無稽にやってもよかったのではないかと思いました。

例えば、飲み屋の常連の知り合いとか、趣味の仲間とか、家族を助けた恩人だったとか、プライベートのつながりで情報を得るみたいな。

守秘義務違反は、庶務行員で情報を得ている時点でもうという感じなので、もっと冒険した設定でも楽しめたんじゃないかなあ。

そういう現代のおとぎ話を読みたいです。

庶務行員が活躍するという設定がおもしろいだけに。

3 ハードボイルド風

初期の池井戸作品にありがちですが、本作でも暴力シーンが描かれています。

恋窪が悪役のボディガードになぐられたりけられたりします。

また、登場人物が殺されたりします。

池井戸作品も「半沢直樹」シリーズのあたりになると、左遷や破産、逮捕などの社会的制裁のような結末が多くなって、暴力的なものは減っていきます。

本作は、まだハードボイルド風です。

しかし、庶務行員が活躍するという本作の特徴から考えると、暴力はにつかわしくないなあと感じました。

一見無力そうな人がすごい活躍をする。

そんな感じの話ですから、無力そうな人に暴力をふるうのは見てられない感じがするのです。

変な例ですが、とんちの一休さんを暴力で口を封じるという対策をとったら、違和感ありありでしょう。

そんな感じです。

恋窪さんはそこまで枯れた感じではないのですが、社会的弱者の立場でいいと思うのですね。

その方が解決の痛快さが増します。

4 総評

本作も、池井戸さんの短篇集にありがちな感じですが、短編を連ねて大きな物語を描くという構成になっています。

これは、とてもおもしろい構成なのですが、本作では純粋に短編を連ねてもいいのではないかと感じました。

本作の大きな物語は復讐なんですね。

庶務行員に身をやつす原因となった相手を打ち負かす。

こういうお話です。

ですが、純粋に庶務行員が活躍するお話でもよかったのではないでしょうか。

庶務行員と若手行員のかけあいから話が発展する。

池波正太郎の「剣客商売」とか、そんな感じの銀行物語が読みたかった気がします。

復讐が全面に出てこない最初のお話はそんな感じでした。

なので次巻を読みたいと思ったのですが、本作はこれでお終いのようです。

おもしろい話だっただけに、残念でした。

池井戸さん、もっとこんなお話書いてくれないかなあ。