1 本作の概要
池井戸潤さんの小説デビュー作だそうです。
江戸川乱歩賞を受賞しています。
ここから輝かしい小説家人生が始まったわけですね。
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銀行員を主人公としたサスペンスものですが、初期作ということで後作と比べると一般的な特徴が散見します。
まずは、いわゆるハードボイルド風だということです。
暴力シーンがけっこうありますし、登場人物があっさりと亡くなります。
後年の金融サスペンスものとは、ちょっとちがったエンターテインメント味がついている感じがします。
印象に残ったのは次の2点です。
2 アナフィラキシーショック
読んでて現実に引き戻されたところが、アナフィラキシーショックの扱いでした。
アレルギーへの理解は、もう現代ではかなり進んでいると思います。
確かに昭和初期まではアレルギーといえば卵を食べてはいけないくらいの認識だったと思いますが。
これ1998年に発表されたんですけど、その頃には身近にこういう方が多くて常識化していたと思うのです。
なんでアレルギーにこだわるかというと、最初死んだ同僚の死因がこれなんですね。
アナフィラキシーショックで死んだのです。
まあ、それはいいとして何のアレルギーかというと蜂でした。
一般に、蜂に2度目に刺されると危ないということを聞きます。
実際、それでエピペン(緊急時に薬を注射する器具)を持ち歩いている人もいます。
それで、これ殺人だったのですけど、殺害方法として不確実過ぎると思うのですね。
被害者がエピペン持っていたら成立しません。
それに殺害方法が車内に蜂を放すという方法なんです。
車の中にいる昆虫は熱でぐったりするでしょうし、蜂って積極的に刺す昆虫じゃないんですよ。
むしろ刺す必然性がなければ刺しません。
蚊じゃないんだから。
確実性の極めて低い方法だと思います。
事故に見せかける目新しい殺害方法として、アナフィラキシーショックを取り上げたんでしょうけど、無理があるんだよなあ。
自分が知っていることを無理な設定で使われていることからの類推がどんどん広がりました。
わたしは銀行業界に詳しくないのですが、池井戸作品の商取引もアナフィラキシーと同じような感じなんでしょうか。
つまり、知っているものには(それ無理だよ~)と考察もなく即断されるような。
ちょっと没入できなくなりましたね。
3 主人公の立場
本作の女性登場人物の立ち位置が微妙でした。
一緒に問題を解決しようとするのが、取引先の娘さんでかつての恋人らしいです。
結局元の鞘に戻る感じでおつきあいするようなんですが。
もう一人が最初の被害者の奥さんでこれは主人公の元カノです。
何ですが、けっこう思わせぶりに登場してきたんですけど、さほど主人公とからむわけでもなく、銀行員の悲哀を表すわけでもなく、なんとなくフェードアウトしていきました。
元々の構想では、もっと活躍する場面を想定していたのかなあ。
それともそこも書いたけどテンポ悪くなったから削ったのかなあ。
なんとも不思議な設定で、まあなくともよかったんじゃねって感じでした。
そして、一人目の取引先の娘さんなんですが、最初のおつきあいがですね情実融資かなんかと問題視されて主人公が左遷させられた原因ぽいのですが、よくわかりませんでした。
銀行は人事がすべてみたいなのは池井戸作品の他でもよくある設定なんですけど、本作ではこれがそれほど深掘りされていません。
つまりですね、ヒロイン枠の扱いが雑なんです。
まあ謎解きメインの作品に恋愛要素が必要かっていわれれば隠し味程度なんでしょうけど、付けるんだったらちゃんと付けてよって感じでした。
別に焼けぼっくい系のパートナーがいなくても話は進んだと思います。
そして、主人公は銀行の中で出世競争から外された位置にあるんですけど、それが復帰するのというのでもなく、不遇なままでもなくという位置のままなんですね。
池井戸作品では出世に結果的にこだわることが多かったので、どうなるのだろうと思ったんですが、どうにもなりませんでした。
でしたら、始めから出世から離れて自由に仕事をする人みたいな設定でよかったように思いました。
後作の主人公と比べると設定がゆるゆるな気がします。
4 総評
金融ハードボイルドとして見れば、受賞もさもあらんといった感じで十分以上におもしろい作品だと思います。
ただ、池井戸作品の後作と比べるとそこまでおもしろいというわけでもありません。
池井戸さんは、殺人とかそういうのだと魅力が発揮されにくいのかなあ。
人情味を表すのも持ち味だし。
というのが個人的評価です。
銀行内の不正を暴くサスペンスものとしては、十分におもしろいんですけどね。