1 本作の概要
中学生のいじめの話でした。
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クラスで奇妙な行動・話し方をすることから嫌われる女子。
その子に積極的にかかわらないようにしている主人公。
主人公は夜な夜なばけのもに変わり、夜の学校でその女子に会いに行く。
こんな話です。
いじめを題材にするお話は近年増えているように感じますが、名作はなかなか少ないと思います。
「聲の形」くらいかなあ。
やっぱりプラスの共感がしにくいからでしょうね。
本作も後味の悪さが残りました。
これを「あるある」と感じることの嫌悪感というのが、別に作品が悪いわけではないのですけれど、残ってしまうのです。
2 人間の底意地の悪さ
集団の中で自分の安心を勝ち取るにはどうすればいいか。
結局、いじめの本質はこういうところにあるのだと思います。
誰かを自分の下にしていじっていればおもしろい。
残念ながら、そういう感性が人間に備わっていることは確かです。
しかし、それを前面に出していると安心な社会は作れない。
なので、様々な決まりや道徳が必要とされるのでしょう。
人間は社会的な動物なんですけど、社会でずっと過ごしているとストレスから不自然な行動を起こす。
こういう事実の方が、いろいろな宗教で説く罪よりも、よっぽど人間の罪深さを表していると思います。
さて、主人公も中学生活でこういう社会に生きています。
主人公の戦略は、いじめられている人を無視するというもの。
消極的な方法です。
しかし、いじめられている人を助けた人がいじめられた現実を見てからは一歩進みます。
自分もその人は嫌いであるという行動を取ります。
積極的な行動です。
決してこのような状況をよしとはしていないのだけれども、こういう行動を取る。
いじめって「戦場のメリークリスマス」でも描かれていましたが外国でもあるようです。
人間の業といってよいでしょうね。
だからやっていいとはいってませんからね。
わかりきってますが、誤解する人がいるといけないので敢えて書きました。
3 「ばけもの」とは
主人公は夜な夜なばけのもの変わります。
変わる理由は不明。
姿形がばけものなだけでなく、ばけものらしい力も使えます。
分身をつくったり、火をはいたり。
しかし、それを使ってどうこうということはありません。
まあ、夜休みと称して夜の校舎で遊んでいる少女を守るのに使ったぐらいです。
これも、少女を守ったというよりは少女の大切な時間である「夜休み」を守ったという感じでしょうか。
最後に、よるにばけものに変わらなくなって、この小説は終わります。
なので、簡単な対比や類比から、このばけものは主人公の心が象徴しているものと考えられます。
つまり、日常生活で自分の安心と引き替えにいじめを容認・加担している心。
それこそがばけものであると。
しかしながら、そのばけものが案外優しくいじめられている少女と交流を続けている。
このことも不思議です。
ですが、他の人間がいなければ、つまり社会関係上自分のポジションを守る必要がなければ、ばけものもばけものにはならない。
こういうことなのだろうと思います。
本作で問題なのは、主人公がばけものである自分を嫌がってもいないし、ばけものから逃れようともしていないことだと思います。
つまり、いじめを容認・加担することを、主人公はそれほど嫌がってはいない。
なければいいなあと思うくらいなのでしょう。
わたしは、最後に主人公がばけものではなくなったのですが、これを決定的な変容とは思えません。
案外、簡単にばけものに戻るのではないでしょうか。
4 総評
人間には、様々な「本質」があります。
その中で肯定的なもの、愛情とか自己犠牲とか平和とか和解とかは文学的な作品のテーマとなります。
長年、称賛を与えられ続ける名作となったりします。
一方、否定的なもの、私欲、差別、虐待、弱い者いじめ、弱者嘲笑などは多くの支持を集めません。
それらをテーマとする作品は、それらの超越をテーマとしています。
作品内で乗り越えることはしていなくとも、それらを否定したり憎んだりという感情を喚起することで作品となっているものがほとんどです。
つまりはこれらを礼賛する名作はない。
こういうことです。
本作はいじめとその心理をテーマとしていると思うのですが、あまり成功しているとはいえないと思います。
少女が生きるために身につけた表情のスキルを、使わなくなる日が来るのでしょうか?