ギスカブログ

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【ネタバレ書評】東野圭吾「禁断の魔術」(文庫版)

1 本作の概要

東野圭吾さんのガリレオシリーズ9作目かな。

ちょっと不安になるのは、本作は8作目に収録されていた短編「猛射つ」を長編に改作したものだからです。

なので、8作目’といった感じかもしれません。

さて今回は思いっきりネタバレで解説していきます。

まず題名の「禁断の魔術」とは科学技術のことです。

科学技術は道具であり使い手によって幸福も不幸ももたらす。

よくいわれることです。

今回は、殺人の道具として使われそうになる技術を指して「禁断」といっているのです。

具体的に、今回使われる「魔術」とは何か?

レールガンです。

こういう題名のマンガがありますね。

「とある魔術の超電磁砲(レールガン)」

このマンガでは、電気を操る超能力者がコインを弾丸のように打ち出します。

超能力なんだからそのまま打ち出せばいいような感じですが、科学的解説がついていて、それが説得力を増しているというこんな設定でした。

その説明がレールガンでした。

レールガンは電磁力で物体を弾丸のように撃ち出す装置です。

原理は簡単。

レミングの左手の法則の応用で、直線的なモーターを作るのです。

回転するのではなく一方向へ電磁力のある限り進めていく。

そういうものです。

本作は、これを使って姉の復讐を企む物理好きの青年の話です。

高校を卒業したばかりの青年にどうしてそんな科学技術があるのかとか、姉の復讐ってどういうことだとか、まあ肉付け的なところは読んで楽しんでください。

わたしは先に短編を読んでからこの長編に移ったので、ネタはわかっていたのですが非常に楽しめました。

謎とか技術とかではなく楽しかったのは、人間模様です。

2 被害者(姉)

レールガンを作った青年は姉と2人暮らしでした。

親は早くに亡くなっていたのです。

この姉、短編では高校生の犯罪動機ぐらいの存在感しかなかったのですが、長編では非常にしたたかで人間味ある存在になっています。

政治担当の新聞記者で総理候補と目される政治家にくいこみます。

くいこみ方がえげつないというか、まあ愛人関係になるのです。

そこで記事のネタをとったり弟の学費をとったりしています。

そして、あくまでドライな不倫関係を続けることを続けます。

ドライな関係はこの姉から政治家にもちかけているのです。

たいした根性ですね。

まったくかわいそうな被害者という感じがしません。

清濁併せのんで世知辛い世の中を渡って行ってる人です。

弟とまったく性格がちがいます。

たぶん復讐なんて望まないんじゃないでしょうか。

好きなタイプじゃないんですけど、妙に説得力ある存在というか。

迫力を感じました。

3 加害者(政治家)

短編では、利権にすがる利己的な政治屋でした。

長編では、科学技術に夢をかける政治家です。

地元に国際的科学施設を作るという夢に邁進しています。

そのためには多少の無理もする。

しかし、国を発展させるために仕方ないと考えている。

そんな男です。

自分が狙撃されるかもしれないと知らされても、スケジュールを変えませんでした。

それは、自分の夢である国際的科学施設を作るためです。

狙われるのはわかっていても公衆の面前に立つ。

そういう気概を持っていました。

まあ、この施設がほんとうに効果があるのかはわかりません。

まちがっている政策かもしれません。

しかし、自分の夢に突き進む。

そういう政治家でした。

では、そんな男がなぜ姉を殺したのか?

正確にいえば、見殺しにしたのです。

姉は子宮外妊娠で大量出血をしました。

運悪くそこは不倫の現場でした。

なので、通報すると自分の政治生命が絶たれる。

そういう状況で、秘書の悪魔の囁きにのってしまったというが真実です。

このことから泥を被る、いや罪を被ることもいとわなくなり、政治家として生きる決意を固めたのでした。

まあ、自分勝手な都合のよい解釈だろうといえるでしょう。

しかし、ダーク・ヒーロー的な側面はもっているわけで、全面的に否定される存在ではないでしょう。

4 説得者(父)

本作のクライマックスは湯川准教授が高校生を説得する場面です。

湯川准教授がレールガンのコントロールを奪い、高校生が撃つ気があるなら代わりに撃つと呼び掛けます。

この場面、湯川准教授が犯罪者になるかどうかという瀬戸際でもあって、手に汗握る場面でもあります。

しかし、最終的に高校生を説得したのは、高校生の父のエピソードでした。

生前父は、カンボジアによく行っていました。

それは贖罪の旅だったのです。

父は、若い頃、技術者として対人地雷を作っていたのです。

あるとき、地雷の被害にあった子供の様子を知ります。

そこで初めて自らの行動を反省します。

そこから贖罪が始まりましたが、息子にこのことを語ることはありませんでした。

口癖は「科学を制する者が世界を制する」。

これはプラスの意味に取れますが、本人は負の側面も意識していたのでしょう。

科学が「禁断の魔術」であることを深く認識していたわけです。

このことを知って、息子は殺人を思いとどまったのでした。

5 総評

とてもおもしろい小説でした。

登場人物にそれぞれ味があって、読み応えを感じます。

ここで紹介しなかった人物の中にも興味深い人がいました。

難点を1つ挙げさせてもらうと、展開が直線的過ぎました。

元々短編なのだからそうなってしまうのも仕方ない気がするのですが、構成を少し変えてもよかったのかもと感じています。

まあ、ないのもねだりですね。

湯川准教授の科学者としての倫理観が強く出た作品でもあります。

ますます科学者湯川の人物像が立体的に、血肉の通う人間になった作品。

そう思いました。