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「母という病」を読んで

 岡田尊司さんの「母という病」を読みました。
 前回読んだ「シック・マザー」の兄弟本のような著作です。
 「シック・マザー」をもう少しかみ砕いて読みやすくした本でした。
 分かりやすくする過程で,少し極端に走ったようなところも感じました。
 この本の感想を述べます。

 特に心に残ったことは,愛着の臨界期という考え方です。
 「愛着の臨界期」といういい方は,私独自のもので岡田さんは使っていません。
 岡田さんが述べているのは,一歳半までに母子の愛着形成が適切になされなければ,子は人間関係を適切に結ぶような情緒形成ができないということです。
 それで愛着形成に臨界期があるんだなと思ったのです。
 しかし,これはそこまで言い切っていいものなのでしょうか。
 様々な愛着に問題を抱えた事例を挙げてこのことを説明しているのですが,この説明の仕方が精神分析の説明と似ているように思えてなりません。
 もちろん不適切な愛着形成という問題は,統計的に調べるにはサンプルが少なすぎますし,ましてや実験によって証明するなどという人倫にもとることはできません。
 ですから,事例を取り上げて原因を探るという論法になるのは仕方ないのですが,それでもやや疑問が残ります。
 オキシトシンの受容にかかる発育が阻害されるという医学的な説明は確かに説得力がありますが,それでも「母という病」とまでいわれるとそこまで決定的かと思うのです。
 これらの事例説明は,なにかしらに事件を起こしたりまきこまれたり,不適切な人間関係で生きた人が,なぜそのようなことになってしまったのかということを探っていくと,幼少時の不適切な母子関係にいきあたったという説明がなされています。
 この原因追究の説明は,精神分析が患者の過去を聞き出して性的なシンボルから真の欲求を探るという説明と似ています。
 医学的な根拠もあることなので,精神分析ほど恣意的とは感じないのですが,どうしても「ほんとうか?」という疑問が残るのです。
 一夫一婦で子供がいてという教科書的な典型的家族が形成されたのは,戦後のことだろうと思います。
 それ以前は家族の形態はまちまちでした。
 経済的に貧しいので複数の家族が一家をなしていたり,医療が不十分だったから家族のだれかが亡くなっていたりすることがよくありました。
 母が産後のひだちがよくなくて,という話も少なくなかったのです。
 子の面倒をみるのは,10歳前後の姉や従兄弟ということも少なくなかったと思います。
 母が子守をするほど余裕がなかったのです。
 母にも労働が割り当てられていたからです。
 歴史的にこういう生活をしていた時代の方が長かったと思います。
 そんな時代に生きた人は,多かれ少なかれ愛着に問題を抱え,対人関係が適切にできなかった。
 そうなのでしょうか。
 また,経済的には恵まれた乳母に育てられたような人にもそういう傾向があったのでしょうか。
 この辺りはどうしても疑問が残ってしまいました。

 しかし,近年のADHDの増加については,岡田さんの主張に納得するところがあります。
 以前のブログでも述べましたが,病的な注意欠陥でも病的な多動でもないADHDが多く存在しています。
 それらの方々は注意欠陥や多動よりも情緒的な混乱を特徴としています。
 これらが愛着障害ではないかという考えには納得できるのです。
 いわゆる「沼くい理論」です。
 沼の水が満たされている時には,くいは水面下に沈んでいるので見えません。
 しかし,沼の水が減ればくいは見えてきます。
 これは,障害において生活環境を沼の水,障害の症状をくいに見立てた説明です。
 愛着障害で情緒的問題を抱えた人は,「くい」が見えてしまった人なのです。
 情緒的な生活環境が適切であれば,「くい」が現れることはありません。
 通常の社会生活を送ることができます。
 「くい」はおそらく誰にでもあって,長いか短いかの違いがあるだけなのでしょう。
 そして環境が不適切なほど「くい」は見えやすくなりますが,「くい」がとても短い人はそれでも乗り切ってしまう。
 こういうことがあるのではないかと思うのです。
 1歳半までに愛着形成がなされなかったということは,沼の水が極端なまでに少なかった。
 不幸にもそういう環境だった。
 こういえるのかもしれません。
 そう考えると,岡田さんの話はよく分かるのです。

 実際,愛着障害を抱えた人をどう療育していくかとなると,自分の対人にかかる心理傾向を踏まえたソーシャル・スキルを身に付けさせるとか,臨界期は過ぎたけれども愛情に包まれた環境においてあげるとか,そういうことしか考えられません。
 対策という面では岡田さんの指摘は有効です。
 表面にあらわれた行動の修正だけを考えても根本的な解決にはならないと思います。
 そういう点から,岡田さんの指摘は有効と思います。
 でも,「母という病」といういい方は刺激的すぎるし,おそらく愛着障害への誤解を誘発しそうな気がします。
 愛着障害に興味を持ってもらうことは,とてもいいことだと思いますけれども。

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