偉業を成し遂げた人物を「発達障害」からとらえ直した本です。
ここ10数年で一般に知られるようになった発達障害。
社会生活を送る上でハンディを持っているというイメージをもつ方が多いでしょう。
しかし、発達障害があるからこそ、人類は進歩したと筆者はいいます。
そういう点からいえば、この本は発達障害をプラス面から評価したものです。
さて、どのような点を評価しているのでしょうか。
1 織田信長
戦国時代を終わらせる一歩手前まで進めた信長です。
筆者が強調する信長の特長は「キレやすい」ことです。
このキレやすさは、機械的な秩序をを好み、合理性を愛するといいいます。
信長が中世的なしがらみにとらわれず、効率性重視で楽市楽座を行い、今川義元戦を除いてほぼ勝てる戦に終始し、卑怯者といわれることにも意に返さなかったのは、このためといいます。
常識人である明智光秀に討たれたのもさもありなん、ということです。
2 葛飾北斎
江戸の大画家です。
その大胆な構図、緻密な描写、驚くべき多作。
どれも普通の画家を超越しているものです。
その一方で、北斎は片付けられない性格だったそうです。
何度も引っ越しを繰り返し、食事は手づかみ入れ物はそのまま。
あっというまにゴミ屋敷を作り上げたのだとか。
礼儀作法は簡略し、いつも布団にくるまっているため来客にもその姿で応対し、少しのことでキレたのだとか。
伝記作者をして奇人と評されたのも仕方がないことでしょう。
3 南方熊楠
論文は書かなかったけれども、膨大な記録を残したそうです。
粘り強く集中力を発揮できたのだとか。
筆者は、てんかん患者は突如記憶を失うことがあり、南方もその恐れから集中力を発揮できたのではないか、と推理しています。
4 野口英世
立志伝中の人、野口英世。
野口が社会人として問題が多かったことは、今日広く知られています。
お金の管理がまったくできないのです。
多額の借金をし、すぐさま使い果たす。
その穴埋めにまた無理な借金をする。
あげくに婚約詐欺まがいのことまでしました。
野口は、簡単な算数的見通しができなかったのではないか。
筆者はそう推理し、おそらく現代では医学生にもなれなかっただろうといいます。
一方、驚異的な粘り強さと集中力で細菌研究に打ち込みました。
常人にはできない努力をすることができる人間だったのです。
5 中内功
今やイオングループのスーパーになってしまったので中内のことが話題になることもなくなりました。
一時は、全国展開のみならずハワイのアラモアナショッピングセンターを買収し、プロ野球球団も持っていたのですが。
中内は神戸の一スーパーマーケット、安売りを目玉とするスーパーマーケットからのし上がりました。
筆者はそこに第二次世界大戦に従軍したことのPTSDの側面を読み取ります。
強烈な物質に対する飢えが、企業拡大に邁進した原動力ではないかと推理するのです。
恐怖体験が根底にあるから、働くこと、突き進むことをやめないのだといいます。
6 総評
本書は、成功した発達障害者を取り上げて論じるというスタンスです。
ですが、取り上げた人物が幸せだったのか疑問に残りました。
裏切りによる敗死、散財による貧乏とゴミ屋敷、学会のアウトサイダー、浪費と他国での客死、創業企業の身売り。
どれも一般人には手の届かないような成功なのですが、全面的に輝いているわけではありません。
筆者によれば、成功も失敗も発達障害から生じているといいます。
発達障害によって、限られた部分に多くのエネルギーが注ぎ込まれることになる。
その結果、常人がなしえないような成功を手にする。
しかし、そもそもの短所があるため、社会生活上満足のいく暮らしにはならない。
こういう例をかき集めたという側面があると思いますが、読後爽快感はありませんでした。
社会的な成功者や偉人でなくともよいので、もう少しだけ幸せな人生を見せていただけたら、発達障害に対する印象も変わったと思います。