ギスカブログ

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北京冬季オリンピックに思うこと

1 北京冬季オリンピック開幕

 北京冬季オリンピックが開幕しました。
 驚くほど興味がわきません。
 なぜでしょう。
 開会式も見ませんでしたし,競技もひまな時にテレビをつけて放映していれば見るくらいです。
 クロスカントリーを知らない地方の市民マラソンでも見るような気持ちで見ていました。
 多くの人もこんな感じなんでしょうか。

2 国威発揚としてのオリンピック

 国威発揚としてのオリンピックは,ドイツ大会からだといわれますね。
 ナチスが国民統合の手段として用いたとか。
 まあ国別対抗ですから,そうなることも分かります。
 私もサッカー・ワールドカップのフランス大会出場前はそんな気持ちで応援しました。
 一体感はあるんですね。
 でも,何に一体化したのかはあいまいです。
 そもそも,国別にする意味があるのかな。
 まあ,地域毎に記録会でもして上位の選手が出場すればいいような気がします。
 そうすると出場国が減るから盛り上がらないというのもありそうです。
 しかし,もしスポーツの頂上を決めるのだったらそれでいいような気もします。
 祭典だからそうはいかない。
 そうなのかなあ。
 日本人選手が勝っても負けても,それで日本に利益や被害があるわけじゃなし。
 そう考えるようになりました。

3 選手の気持ち

 「競技を楽しんできます。」
 こう語る選手が増えたように思います。
 最近見てないので,もしかすると減っているかもしれません。
 あのインタビューも批判を恐れての定型化が進んでいるかもしれませんね。
 マラソンの円谷選手の悲劇が念頭にあるのかもしれません。
 回復したからいいのですが,リレハンメルの原田選手もかわいそうでしたね。
 プロならスポンサー関係など利害もあるでしょう。
 その後の売り上げが変わるとかね。
 でも,一応アマチュアから始まったオリンピックで,結果,結果っていってもねえって感じです。
 勝とうが負けようがその人の問題です。
 国に対するなんちゃらなんてどうでもいいでしょう。
 ましてや,利害のほぼない一般国民なんか,ほんとどうでもいいっていうか。
 「競技を楽しんできます」
 この言葉を聞くと,好きなことを好きなようにやってください。
 そんなことが思い浮かびます。
 その方の人生ですからね。

4 応援する人の気持ち

 確かホリエモンさんだった気がします。
 スポーツでひいきのチームがあるのがキモいと発言したのは。
 まあキモいってのはどうかと思うのですが,熱い人を見ると共感するところもあります。
 程度ですよね。
 あまりに同一視すると,それより自分の人生どうにかした方がって思います。
 応援が力になる。
 そういう面は,ある程度はあるでしょう。
 否定されたり相手にされなかったりした中でするのは嫌なものです。
 これは,スポーツに限らず日常すべてでしょうけれども。
 だからといって,意に添わない結果になった時に,応援する側が選手にもの申すのはどうなんでしょうね。
 たまにサッカーの報道で見かけたりしますけど。
 勝手に応援して,勝手に喜ぶ。
 こういうのでいいんじゃないかと思うのです。
 お互い気楽ですし。

5 開催地

 スキージャンプで金メダルを取ったそうです。
 よかったですね。
 それだからといって,スポーツ番組を見るようにはならないのですが。
 あまり気分も高揚しませんでした。
 札幌でオリンピックを誘致していると聞きます。
 どうなんでしょう。
 札幌が好きにすればいいと思うのですが,東京の時のように国を巻き込んでゴタゴタするのはやめてほしいなあ。
 どんな開催方法でも,誘致したところが好きにしたらいいと思うのです。
 そこの問題ですし。
 私は,オリンピックはギリシャで,冬季はアルプスのどっかでずっとやったらいいと思います。
 甲子園とか花園みたいに。