ギスカブログ

心理学に興味津々「ギスカジカ」のブログ

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研修に使える「問い」

 問いの順序について考えています。
 問いというのは,自分が知りたいことをはっきりさせるためのものです。
 しかし,世の中には問いをとおして相手に気付かせるということがあります。
 まあ,つまり研修の手法なんですけど。
 で,どんな順序がいいのかなと考えているのです。

1 ソクラテスの方法

 ソクラテスの対話編ってありますね。
 哲学の本としては読みやすいものです。
 私も何冊が読みました。
 会話で展開していく書籍です。
 まあ,ちょっと台本のような趣があります。
 いろいろな展開があるのですが,基本の順序はこんな感じです。
 Aについての一般的に認識を引き出す。
 それとは別のBについての一般的な認識を引き出す。
 Aについての認識とBについての認識がある条件下で矛盾があることに気付かせる。
 で,Aについてのこれまでの認識を問い直す。
 とまあ,分かりにくい話になりましたがこんな感じです。
 ソクラテスは死刑になりましたが,う~ん,分かる気がします。
 展開が嫌みですよね。
 つまり,「ほらあんたが言ったことはまちがってるでしょ」って感じになるんです。
 まあ嫌みで命を取られたら大変なので,そのあたりのバランスの取り方は慎重にいかないといけないでしょうね。
 本みたいに第三者っていうか,やじうま的にこの対話を聞いている分にはいいだろうなあとは思います。
 しかし,感情は別にして,方法論としては明快ですね。
 ちょっと弁証法的でもあります。

2 わかったつもり

 「わかったつもり」という本があります。

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 教育心理学者の西林克彦さんが書いた本です。
 主な主張は,物事を分かったつもりになってる場合が多く,自分の理解の矛盾に気付かない人が多いって感じです。
 これ,ソクラテスの方法と通じるところがあります。
 つまり,Aという知識とBという知識に矛盾がある場合,どちらかの知識がまちがっているということです。
 まあ,それはそうでしょう。
 でも,どうして矛盾があることに気付かないのでしょう。
 おそらく原因は二つあります。
 一つは,それらの知識がその人の中で別ジャンルになってるから。
 具体的な場面で競合しなければ困りません。
 矛盾にも気付きません。
 とまあこんな具合です。
 もう一つは,大きな価値観でくくられてしまうから。
 たとえば愛とか環境保全とか,そういうのでくくっちゃうとあんまり細かいことにこだわらなくなるんですね。
 「細けえことはどうでもいいんだよ」とこんな感じです。
 まあ,この二つ以前に,そもそも「そんなんどうでもええがな」的な扱いをしている人もいるでしょう。
 問題にすらしない感じです。
 で,問題を元に戻します。
 つもりじゃなくて分かるためにはどうすればよいか。
 できるだけ具体的な場面で考えればよい,とこうなります。
 理解の具体化というか精緻化というか,そんな感じです。
 まあ対話している時には,「こういう時はどうなりますかね,うまく理解できないんですけど」的に下手にでるといいのかなあ。
 原理は分かりましたが,やっぱり問いの順番が難しいですね。
 いや,難しいのは順番じゃなくて,相手の感情を過度に刺激しない問い方なのかもしれません。

3 最後に

 結局,自らからを破ってもらうというかそういう問い掛けが大切であることは分かりました。
 そして,相手の感情というかプライドというかそういうものを刺激しないことも大切であることも分かりました。
 で,からを破る問いをどう引き出すかが大事なんですね。
 問いそのものを相手が生み出すようにすればいいのでしょう。
 そのために「問い」というか「問い掛け」の順序を工夫していくと。
 う~ん。
 そんなうまくいくかなあ。
 時間もかかりそうだし。
 かといって問いを使わずに,こうこうと順序よく説明しても相手があきるでしょうしねえ。
 聞いて分かるくらいの人ばかりだったら困らないんだよなあ。
 自分が作った問いが一番効果的なんですけどねえ。
 まあ,前提(から)を作って,問い直し(破る),整理する(新たな創造)という順序がいいのかな。
 研修の場面が難しそうですね。
 相手にもよるでしょうし。
 悩みは続きます。