太平洋戦争についての話題は年々少なくなっているように思います。
それでも,8月になるとやはり思い出します。
今回は「一つの花」についてお話しします。
これも3年生の国語教科書によく掲載されています。
1 お話の特長
子どもの将来を案じながら出征する父を描いた物語です。
やさしく美しい親子の愛情が描かれています。
まだお読みでない方は,ぜひ一度読んでみてください。
短いので,さっと読み終えるでしょう。
お話は,伝えたいことに焦点化しているのか,必要な場面だけにしぼられています。
戦時の様子の場面,夫婦の会話の場面,出征する場面,エピローグ。
このため,お話の中身はストレートに読者に伝わってきます。
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2 社会と接点のない家族
太平洋戦争を題材としたお話が教科書に載ることはめずらしくありませんでした。
「川とノリオ」「ヒロシマのうた」「ちいちゃんのかげおくり」などなど。
「一つの花」は,これら他の作品とちがった印象を受けるところがあります。
それは,「社会」というものの存在が希薄だという点です。
家族と戦争というすごく身近な世界と大きな枠組みだけが示されています。
家族と戦争の間にあるはずの社会が見えてきません。
戦争という状況の中に,ぽつんとある一家が置かれている。
そんなふうに読めるのです。
となり近所や親戚など,身近に交流する日常的にふれるもの。
いわゆる社会。そして社会生活。
そういうものが感じられないのです。
特に感じるのが出征の場面です。
同じく出征していく人と父親のかかわりは描かれません。
見送る人とのかかわりもありません。
知り合いがいなかったとしても,これから戦場に行く人に声かける人はいなかったのでしょうか。
この場面で子どもは泣きます。
母は泣く我が子をあやしますが,泣き声をとがめる人もあやしてくれる人もいません。
出征という状況の中で,まったく他の人々から隔離された存在のようです。
逆に考えれば,この家族にのみスポットライトが当たっているような描写です。
戦争の中に取り込まれた一家族という感じです。
3 虚構の程度
私は太平洋戦争体験世代ではありません。
ですから,時代の雰囲気を実感としては分からないのです。
でも,その時代を生きた人の話を聞いたり本を読んだりして,社会が個人に与える影響の大きさを強く感じていました。
おせっかいなほど他人にかかわる社会,連帯責任が横行していた社会。
個人や家族にずかずかと入り込み干渉する人々。
現代の社会とは大きく違ったそんな社会だったと思います。
そういった社会に取り込まれ,自分の意思とは違う選択をしなければならいこともあったと思います。
出征という状況に取り込まれる父親,そこに社会の働きはなかったのでしょうか。
作品の特長として,場面の焦点化がある。そのため,そういう余計な場面は描かれていないのだ,そうしたからこそ伝えたいことがはっきりしたのだ,そういう考えもあると思います。
しかしその一方で,これは作り込み過ぎだ,現実的ではない,という感想もあるでしょう。
太平洋戦争という現実にあった題材を選択しているのであれば,虚構の度合いをあまりにも大きくすることはできないのではないでしょうか。
構成がしっかりしているからこそ,どうも現実感が薄くなってくる。
私にはそう感じられるのです。
とはいえ,多くの方に読んでほしい作品です。
そして,この作品をきっかけにあの戦争の時代を生きた人たちに関心をもってほしいと思います。
まだの方は,ぜひ読んでみてください。