1 池井戸銀行小説
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東京第一銀行長原支店が小説の舞台。
住宅街にある銀行で中小企業が主な融資相手。
この銀行で働く銀行員の人生が語られていきます。
物を言わぬこの銀行が主人公といってもよいような小説。
冒頭の数話を読んだときは、群像劇なのかと思いました。
しかし、そうではありませんでした。
ある不正融資を解決するというのが主な筋です。
しかし、メインで語られるのは不正融資ではなく、それぞれの銀行員の生き様です。
そして、それぞれの鈍い光を放つ人生が魅力的なのです。
2 出世競争
大なり小なりの事件が本支店で起きます。
事件の有り様は様々なのですが、動機は一つです。
それは出世欲。
銀行員は出世してなにほどのもの。
こういう「真理」がこの小説世界を支配しています。
副支店長のパワハラというか暴力事件。
原因は支店成績の低迷です。
そして殴られた行員の反抗的な態度の理由。
それは、ミスを部下のせいにして保身を図る上司への反抗です。
融資を断る社長の銀行への屈折した思い。
それを受け入れる振りをしながら融資を図る担当。
そして、紛失した現金を隠れて補填する視点上層部。
不良企業に取り込まれ不正融資に手を染める視点のエース。
どれもこれも出世競争が生み出した姿です。
それぞれの行員には家庭があります。
このような姿を家族、特に子どもに見せるわけもなく。
そして、家族の期待がプレッシャーとして行員の肩に乗り続ける。
解決することのないストレス社会。
なんとも抜け口のない世界です。
3 現代のシャイロック
表題のシャイロックとは、「ベニスの商人」の登場人物のことです。
非情の金貸しだった悪役シャイロック。
その現代版が銀行員というわけです。
商売をすることで、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」となるのが理想。
こういう考え方です。
本書を読む限り、銀行の業務は「貸してあし」「借りてあし」「世間あし」な感じです。
とうしてそうなってしまうのか?
どこに無理があるのか?
業務に出世欲などと私利私欲を混ぜるからなのか?
いろいろと考えてしまいます。
本書では、善人は報われませんし。
というか、善人と思っていた人も善人ではなかった可能性が残ったまま小説が閉じました。
人間の業のようなものを感じますし、こういう人間を俯瞰してみるという小説なのかもしれません。
裁判で負け貸金を回収できなかったシャイロックはどうなったのでしょう。
「ベニスの商人」では悪役の人生は、一瞥の価値もないようでした。
しかし、本書の銀行員には、たとえどんなに底意地の悪いやつであっても、人生があり目が向けられています。
そこに著者の優しさのようなものを感じました。
4 総評
行内の出世など、社外のものにはたいして興味のないことです。
しかし、当人にとっては自分の人生。
一生の価値を決めかねないものとなっています。
これをどう考えるか。
そこで、本書の価値が決まるように思います。
わたしは、こういう一歩引けばたいした価値もないことに没入するのが人間だと思いますし、その人間の姿を温かく見守ることに意味を感じます。
つまり、本書は多くの社会人に読んでほしい本です。
ミステリーとして読めば、たいして謎はないし、解決は凡庸。
そうなるでしょうが、本書の魅力はそこではないのです。
人生、後半にさしかかった人の心をつかむテーマが魅力。
そんな本です。