2日連続で病院に行ってきました。
入院に必要な荷物を届けるためです。
コロナのため,入院患者へ面会は全面禁止。
病院を後にしながら,昔読んだ小説を思い出しました。
山崎豊子さんの「白い巨塔」です。
1 聖人君子ではない医者
かつて聖職と呼ばれて職業がありました。
生活を営むため以上のことをする職業のことです。
宗教に関する職が一般的ですが,教師もそう呼ばれた時代があります。
医者も人の命を救う職業である以上,聖職に近いものがあると思います。
しかし,主人公財前五郎にそのイメージははありません。
苦学の果てに大学助教授にまでなりますが,母親を一人おき開業医の婿となります。
舅は息子に期待できない学歴や地位を財前に求め,財前は資金の援助を得ます。
看護師の愛人がいて,妻への愛はそれなりです。
手術の技術は一流ですが,学内政治に没頭し,自身の教授承認に奔走します。
対立した医師を学外に転出させるなど手段は選びません。
つまり,金と地位を求める生臭い男です。
崇高な使命感はありません。
あまりにも分かりやすい人物造形です。
このような人物であっても,そうなった背景が語られるのであれば,読者の共感を呼ぶことでしょう。
また,ある種の信念をもち,仁術を偽善と切り捨てるのであればダークヒーローともなります。
財前は,そこまで深められて描かれてはいないのです。
作者はあくまで「巨塔」を描きたかったのかもしれません。
説話の登場人物のような典型的な人物として存在しています。
2 悪の勝利
「白い巨塔」には,正編と続編があります。
本来,正編で終わるべき小説だったのではないでしょうか。
正編は,財前が教授になって終わります。
つまり,財前の勝利です。
倫理的に問題のある人物の勝利で終わる。
「巨塔」の問題点を明確に表す。
そのための結末と思います。
続編は,財前の凋落が描かれてます。
読者がこれを求めたのでしょうか。
続編もおもしろいのですが,私には蛇足でした。
財前個人がどうなろうとも,浪速大学医学部は変わらない。
そうであれば,財前が失脚しても描かれたことの本質は変わっていないことになります。
であれば,続編はいらないのです。
でも,ドラマなどになると常に続編まで描きますね。
おそらくは,視聴者の溜飲を下げることが大切なのでしょう。
3 現実の総合病院
私は一般の病院の利用者です。
内部に,どんなドラマがあるのかは知りません。
たまたま訪れた病院について考えてみました。
救急外来の医師の多忙さによると思われるぞんざいな説明。
役割を果たしに来ました感がありありと分かる看護師。
妙にへりくだった事務員。
こんな人たちの中にも,人生がかかったドラマがあるのかもしれない。
まあ人生がそんなにかからないくらいのドラマは日々あることでしょう。
そう思うと,彼らに興味がわいてきました。
さて,私が想像したお話は,ちっともふくらまずおもしろくありませんでした。
さて,作品の背景である昭和の医局制度は,もうほとんど残っていないと聞きます。
しかし,どんな制度に変わろうとも,それに振り回される人間はいることでしょう。
現在の制度に翻弄される病院のお話。
そんな小説も,あったらぜひ読んでみたいと思います。