1 本作を読んだわけ
東野圭吾さんの「秘密」の書評です。
東野圭吾さんは名作・有名作が多くありますが、これが代表作といってよいと思います。
本作が発表されたのは2000年頃。
ずいぶん前です。
もちろん、映画化されて主演の広末涼子さんが世に出た頃で話題になったことは知っていました。
当時、まだ仕事に熱心に取り組んでいたわたしは、ほとんど小説を読みませんでした。
専門書と気晴らしの新書ぐらいです。
なので、東野圭吾さんの作品を一つも読みませんでした。
もっといえば、小説は一冊も読んでいなかったので、東野さんだけではなかったのですが。
それにしてもずいぶん前ですね。
作中の舞台は1985年から始まり、国鉄という言葉が普通に出てきます。
駅名すら忘れてしまいましたけど。
閑話休題、それで有名作家の作品を今さらながらに読んでみようと思い、それなら東野圭吾さんがいいと決め、その代表作として本作を選んだというわけです。
安直な選択でしたけど、いい選択でした。
本作は名作です。
2 本作の設定
妻と娘が交通事故に遭い、妻が死亡。
娘は一命を取り留めるも、意識は妻のものになっていた。
体は娘、心は妻との同居が始まる。
こういう設定です。
奇抜な設定です。
そして、こういう奇妙な体験をしている妻兼娘が主人公ではなく、夫兼父が主人公であるところが本作の妙です。
この奇妙な人生に立ち向かう主人公の心情の変化が本作の中心です。
変化と書きましたがあえてです。
これを成長とはいいたくありません。
人間的に成長していることはまちがいないのですが、それは主人公が望んだことではないからです。
葛藤がよく描かれていました。
3 脇役の妙
本作はバスの交通事故から始まっています。
そのバスの運転手、もちろん死んでいるのですが、の人生が主人公に大きな影響を与えています。
このバスの主人公、なかなか普通の人にはできない人生を歩んでいます。
妻の不義から離婚するのですが、血のつながらない息子のために仕送りを続けていたのでした。
息子には秘密で。
それが過重労働となり事故につながった。
こういう背景があるのです。
主人公は妻である娘が成長し、他の誰かと結ばれることに納得できません。
心情的に妻なのですから。
しかし、この運転手の人生に影響を受け、何が妻のためになるのかを考えます。
父として生きることを決意し、夫を捨てました。
こう書くと簡単なのですが、この葛藤がよく書けていました。
最初、なぜ運転手の家族にかかわる場面を設定したのかと思いましたが、こういうことかと納得できました。
見事な構想です。
このかかわりがなければ、あの結末はなかったと思いました。
運転手の二番目の奥さんだけは、かわいそうでしたけど。
4 「秘密」について
題名の秘密は、最後まで読むとわかるようになっています。
妻の秘密なんですね。
娘は蘇らなかったのでしょう、ほんとうは。
つまり娘のふりをして生きていく。
これが秘密なわけです。
まあ、ぬいぐるみに指輪を隠したという夫と妻の秘密が実はというダブル・ミーイングでもあるのですが。
もう一つはそのころに気づいたことが夫の秘密にもなっているのですが。
重層的でおもしろいと思いました。
結局は、妻であり娘であるという存在は、周囲を不幸にすることに本人が気づいている。
周囲を幸せにするにはどうしたらいいか。
ということの解決策を秘密にしているということでもあるのでしょう。
いい作品だなあ。
わたしもどこかで自己犠牲というか他人のために生きるということに泣ける人間なので、それもあってこの作品が好きになったのだと思います。
形は変わっても、人情話が好きなんですね。
5 総評
まあ傑作です。
いまとなっては、時代もずいぶん前だし、設定もそれほど奇抜とは受け入れられなくなっていますが、筆致といい構成といい、主人公の魅力といい、すばらしい作品だと思います。
バブル前夜の日本からバブル崩壊までが舞台となっているので、サラリーマン人生も悪くないという感じがそこかしこにあるのもいい。
あの頃の日本ってこんな感じでしたね。
高専出のサラリーマンという設定も普通っぽくてよかったなあ。
まあ、主人公の世代はまだまだ高卒が主流でしたけれど。
そういう懐古的な要素も加点になっているのはまちがいないのですが、誰にとっても魅力ある小説だと思います。