『火星からの侵略」と聞けば、SFかと思うでしょう。
ちがいます。
パニックの心理学的研究の本なのです。
ハロウィーンの日にラジオドラマが放送されました。
かなりの聴衆がそれを真実と思い込み、パニックになったのです。
実際にあったこの現象だそうです。
これを研究した方がいたのでした。
実は、私の世代は実際の中身は知らなくとも、この事件のことを知っている人が多いと思います。
特に男性。
これジャンプとかマガジンに載ってた英語リッスン教材に取り上げられていたんです。
語り手はオーソン・ウェルズ。
どんな映画やドラマに出ていたか知りませんが名前だけは知っています。
名優だそうで、その語りが多くの人に虚構を真実と思わせたのだそうです。
毎週載っていたのでよ~く覚えています。
オーソンの名演を聞いて、英語が身に付く。
教材を聞いたことなど一度もないですけど、ウソくささ満載ですね。
昭和の通販ってこんな感じでした。
さて、この事件はラジオ黎明期の1938年に起きました。
まだラジオがどんなメディアか普及していなかった頃です。
なので、このような現象への対策はまだなかったのです。
それで実際に起こったパニックとは、どんなものだったのでしょう。
公園に逃げ出した。
ガスを防ぐためにタオルで顔を覆った。
警察に電話が殺到し、電話がつながらなくなった。
神に祈る人が増えた。
こんな感じだそうです。
正直な感想をいうと、小規模に感じます。
暴徒化したり、大渋滞引き起こしたり、機動隊が出動したりは起きなかったのですね。
電話がふさがった以外は個人的な反応ばかりです。
全米を恐怖が包んだというには、たいしたことないようです。
このことについては後でふれます。
さて、どのような人がラジオを誤解したのでしょうか。
必ずパニックを起こすのはこんな人だ、というわけではないのですが、こんな傾向があったそうです。
まずは、冒頭のこれはラジオ劇だという説明を聞き逃した人たちです。
ラジオがウソを流すわけがない。
そう考えたそうです。
メディアに対する信頼というものでしょうか。
しかし、ドラマをニュースと勘違いするというのは、やはりラジオ黎明期ならではといいますか、聞き慣れていなかったのが大きいかもしれませんね。
実際、冒頭を聞き逃した人の中にも、ラジオ劇が現実と合わない点を聞き出し、ああ劇だ、と考えた人も多かったといいます。
次に、低学歴です。
高校卒業していない人の方が、信じる割合が高かったとのこと。
とはいっても、高卒未満の人でも気づく人はいたようで、決定的ではなかったようです。
経済的な理由で進学できなかった人もいたでしょうから。
最後に信仰心が強い人です。
神の審判が始まったかと思ったそうです。
しかし、これも決定的な要因ではなく、どちらかといえば現世に不満を持っている人が考えがちだったとのことでした。
終末願望って、いつの時代にもありますから。
さて、本書は火星侵略パニックの唯一の学術本だそうです。
本書はパニックが起きたということを前提としています。
しかし、現在の研究では、パニックは起きなかったという研究が主流だそうです。
本書以外は、信頼が薄い報告しかないのだとか。
な~んだ。
となってしまいそうですが、最初の実際に起こったパニックを見てみると、そうだろうなって感じです。
そういう反応をした人もいたんだろうぐらいの反応ですもの。
新しいメディアの影響力のような感じで、取り上げられたのでしょう。
まあウソ話と切り捨てる前に注目したい点があります。
それは、公共情報を自分で判断する時、人はどういう根拠でどういう推測をするかについて多くの知見を与えてくれるという点です。
これは不慣れなメディアへの対応ということに大きな知見を与えてくれます。
実際に起きたラジオの悲劇としては、1994年のルワンダ虐殺の方が実害が大きいでしょう。
たくさんの人が亡くなりました。
こういうことがあるのだから、メディアに対する盲信は危険だと思います。
この種のだまされやすさの研究は、パニックがあったにせよなかったにせよ、続けてほしいと思いました。