岩波新書の緑版の本です。
緑版は、大学生の頃よく読んでいました。
教養を得るためには岩浪新書の緑版。
黄版は時代に寄りすぎている。
そう思っていました。
その緑版の一冊です。
もう新刊本はないようです。
しかし、長らく増刷されたロングセラーの本でした。
1 随筆
本書は、図書館の心理学コーナーで見つけました。
感情についての古典的な知識を知りたくて手に取ったのです。
もちろん、岩波の緑版なので教養書だろうという考えがありました。
筆者は精神科の医師。
心理学者ではありませんが、まあそういう方の感情論も読んでみたいと思ったのです。
しかし、ですね。
「まえがき」を読んだら、感情をスケッチしたノートであると書いてありました。
う~ん。
読み終えて、随筆だったなあというのが一番の感想。
感情を見つめ直して、感じたことを書き出しているという感じでした。
ある種の内観法といえないことはないかなあという感じです。
しかし、私が手に取った本で、なんと53刷です。
すごいですね。
長く読み続けられたということは、多くの読者を惹きつけた魅力があったにちがいありません。
2 印象に残ったこと
印象に残ったことをいくつか挙げます。
まずはダニの話。
冒頭でダニの話が述べられています。
木にぶら下がり、その下を哺乳類が通るまで何もしないダニという話です。
哺乳類が通るまでは何年も何もしないダニ。
このダニにも機械的に見えるけれども、感情はあるだろうという話でした。
18年も哺乳類を待ち続けるものもいるというダニ。
どんな感情なのでしょう?
こういう昆虫の話は、心理学では、刺激と反応の例として挙げられていたり、このダニは心の世界はどうなっているのかという知覚の話に使われることが多かったように思います。
ダニの感情を推察しようという話に使われたことは聞いたことがありません。
まあこの本にも、原始的な感情があるということだけで、どんな感情かは論及していないのですけれども。
また、脳に弱電気を流して涙を流させるというような実験の話も挙げられています。
しかしこういう場合、行動として観察されることと内面の感情は一致しないのだそうです。
心と体は別という話になるのでしょうか。
興味深かったですね。
個々の感情についても興味深い考察がなされていました。
いわく、情緒は身もだえである。
よろこびは好都合に満たされた欲求である。
怒りはせき止められた欲求である。
などなどです。
それぞれ、なるほどと思うような見方でした。
しかし、見方よりも興味を引いたのは、感情を説明するための実例が載せられていた部分です。
前頭葉をなくした人は、これといって日常生活において破綻を見せない。
しかし、それはきまりきった日課を繰り返しているだけで、思考の深みはない。
感情にも深みがない。
こういう実例です。
少し感情というものが、どういうものかを考えさせられました。
定型的なパターンを私たちは感情とは思わない。
ということなのかと読みながら考えてしまいます。
こうした実例の方が、筆者が感情についていろいろと思索する部分よりも、私には刺激的でした。
3 総評
感情、心理学用語でいうと情緒ですが、以前は観察記録を残す以外に研究の方法がなかったのであまり取り上げられないジャンルでした。
感情を実験で調査するということが難しいのです。
そのため精神分析などの臨床分野では多くの記録が残っていましたけれども、客観的な論とまではいかなかったのです。
こういうこともあって50年代に書かれた本書に、学術的記述が少ないのはしょうがないと思います。
また、感情を思索的に記述していくというスタイルも仕方がないでしょう。
とはいえ、ロングセラーだけあって、一つ一つの考察には鋭いものがありました。
直接、科学的な知見や知識を得るには向きませんが、感情を様々な角度からとらえるためのヒントを得るにはよい本だと思います。
そういう発想を刺激してくれる要素が本書に多く含まれていました。