1 作品の概要
伊坂幸太郎さんのサスペンス小説です。
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連続放火事件を解決しようとする家族が過去のしがらみと決別するまでを描いています。
仙台が舞台となっており、住んだことがある人には(ああ、あそこね)という場所がいくつも現れます。
本作はサスペンスはサスペンスなのですが、犯人はほぼ最初から予想できますからそういう意味での謎解きが中心ではありません。
心理的葛藤が中心となっている作品だと思います。
2 地下道の落書き
東北本線仙台駅は、仙台の街の東端に作られました。
現在では駅の両側が発展していますが、元々東側は何もなかったといってよいところでした。
それでも仙台を南北に分断しているこの駅を横切って東西に行き来しないと不便です。
昭和の頃までは、2つのルートがありました。
1つは駅の2階から延びる連絡通路。
こちらがメインです。
もう1つは、北側にひっそりとある地下通路。
こちらはあまり通る人が多くありませんでした。
わたしは、この地下通路が通学路だった時期があり、毎日通っていました。
落書きとごみがある湿った道です。
ここが小説で使われていました。
こういうところに書かれている落書き、グラフィティアートとも呼ばれるそうです、が放火を示すサインだったのです。
落書きを消す仕事をしていた主人公の弟がそれに気づいたことで、本作は展開していきます。
3 八木山橋
仙台城から八木山動物園に向かう道に吊り橋があります。
八木山橋というそのまんまの名前がついています。
2つの観光地を結ぶ道路の橋なので、市民には有名な橋です。
仙台城は山城なので山と山を結んだ橋です。
つまり高いところに架けられています。
この橋はもう1つの話で有名で、飛び○○の名所なのでした。
つまりは○○スポットというわけです。
本作で、特に必然性があるわけでもないのに、この橋が何度か現れます。
語り手の隠した内面が表現されていたのでした。
4 異父兄弟
本作では、冒頭から主人公には異父弟がいて、母が乱暴されたことで産まれたことが示されています。
その弟は、非暴力のガンジー崇拝者でありながら、時折、妙なことで興奮し暴れることがあります。
弟は、連続放火事件のヒントをつかみ、兄に謎解きを依頼します。
遺伝子分析会社に勤める兄は、落書きをヒントに犯人を追究していきます。
とまあ、こんな展開なのですが、冒頭からどう考えても弟が犯人で放火や落書きは自作自演で、おそらくは自分の父であるかつての暴行犯に復讐しようしているのだろうということは予想がつきます。
実際、そうでしたし。
なので、犯人が出題している問題を探偵のふりをして解くという展開なのですが、一番の謎はそこではありませんでした。
一番の謎は、暴行犯の子を出産し(させ)自分の子として育てた父母の心理です。
これは最後までわかりませんでした。
自分の実の父に復讐する犯人の気持ちは、なんとなくわかったのですが。
そして、復讐しようとしていたのは弟だけではなかったのです。
兄が遺伝子分析の会社に勤めているのも、八木山橋にこだわっていたのも、暴行犯に復讐するためだったのです。
八木山橋は、事故に見せかけて暴行犯を…という場所として選ばれていたのです。
兄も復讐を考えていたのでした。
弟のため、というわけでもないようで自分の意思のようです。
この互いに動機を隠した兄弟が、それぞれの思惑で暴行犯と対峙するというのがこの小説の柱です。
サスペンスはサスペンスなのだけども…といったのはこういうことがあったためです。
伊坂さんの小説を数多く読んでいるわけではないので断言とはいかないのですが、共感できる登場人物が現れるタイプの小説ではないようですね。
むしろ「普通」とちがった感性の人物を魅力的に描くといった感じでしょうか。
5 総評
本作で提示されている謎は、放火現場近くの落書きの意味です。
これについて主人公があれこれ考えるのですが、読者はもう気づいています。
こんな落書きの意味なんてどうでもいいと。
犯人は分かりきっているし、放火そのものは警告としての意味しかないことも予想しています。
本作は犯人の心理を考察することが主となった作品です。
そういうことを楽しめる読者には、とてもおもしろい作品といえるでしょう。
つまり、サスペンスものというよりは、純文学に近い作品です。
推理ものが苦手という人こそ、本作を楽しめるのではないか。
そう思いました。
ジャンルはどうであれ、おもしろいという点ではまちがいのない作品だと思います。