人を攻撃するなんてことは、相当の理由がないとしてはいけないことでしょう。
でも、案外してしまいがちです。
私のことをいえば、何の気なしに言ったぼやきが、誰かの気にさわるということがあります。
人によってはこれも攻撃になるのでしょう。
本書は、他人を攻撃する人の心理とそれに対する対処法を述べたものです。
被害を受けている人にとっては、対策の参考になりますし、相手の心理を知れば怖がることもなくなります。
心の安定と実生活の安定という二つの安定を手に入れるための本です。
役に立つことでしょう。
翻って、自分に当てはめてみると、こういう目的では読みませんでした。
では、どんな読み方をしたのか。
自分が他人に攻撃しないために、どうしたらよいか。
こういう観点で読みました。
反面教師というか何というか。
こうしてはいけない。
立場を逆転させて読んでいたのです。
別に、人と違った観点で読もうとしたわけではありません。
自分はもうすぐ定年で、まあ定年が延びるという話もありますが、少なくとも役職定年にはなって、立場的に他人から攻撃されることは少なくなりました。
ゼロではないんですけどね。
それよりも、他人に知らず知らずのうちに危害を加えていないか。
こちらの方が心配なのです。
これは、自分が若いときにさんざん上のものから理不尽な扱いを受けてきた反動でしょう。
ずっと、ああはなりたくないと思っていましたから。
それで読むと、他人を攻撃する人、陰口を言う人は、自分が認められていないから、とありました。
承認欲が満たされていないから、他人に当たって自分の力を見せつけたり、自分よりいい目にあっている人を下げたりするのだそうです。
なんとなく分かります。
人間、自分が大事にされていないと思うと他人や社会に復讐しようと思うものですからね。
自分も10年くらい前は、ゴマすったからあの人は出世したのかなあ、と思ったことがあります。
その人の真実を知るよしもないのですから、ただの邪推ですし嫉妬でしょう。
でも、我が身かわいさにこんなことを思うものなのです。
酸っぱいブドウの論理の変形というか、ある種の認知不協和というか、そういうことだと思います。
もう定年まで見えてますから、組織人としての先も分かっています。
今の地位で終わりです。
なので、そういうことはもうどうでもよくなり、日々無難に、そしてそれなりに楽しく過ごすことを考えています。
だけど、疲れるとつい言わなくてもいい愚痴が出るんですね。
気を付けないといけません。
それから他人を攻撃する人は、妙なというか自分の中でも変な上下関係を持っているようです。
それで、自分で下と見ている人にぞんざいな態度を取りがちなんだとか。
これも分かる気がするなあ。
下の人というか甘えていい人と思っているとこういう態度に出るんですよね。
私の昔の上司にいました。
会うのが嫌な人でしたね。
今の若手は、また別な意味で難しいのでこういう風には接していません。
というか、こちらの意図が伝わらなくても別にいいやと思っているところもあります。
それで、いつか困ることがあるかもしれないし、幸運にもないかもしれない。
その人の人生だし、好きに生きればいい。
こんな風に思うようになりました。
正直にいえば、泥を被ったり面倒を背負い込むのは、もういいやって気持ちで、悟ったわけでも、成長したわけでもないのですが。
さて、この本は、著者の意図とは別の点から、ずいぶんと参考になりました。
いい人になりたいとは思わないのですが、嫌な人になりたくないとは強く思っています。
そういう人にも、大変参考になる本でした。