1 本書の概要
昆虫学者の前野ウルド浩太郎さんがアフリカのバッタを研究しに行った体験記です。
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本書は研究書ではありません。
どちらかと言えば探検書です。
例えば、梅竿忠夫さんの「モゴール族探検記」のようなものです。
例が古すぎたかな…。
科学的な記述はあるものの、主に述べていることは現地での苦労や感動です。
いやあ、バッタ研究者盛衰記といった感じ。
なので、読み物としてとてもおもしろかったです。
2 サバクトビバッタに魅せられて
わたしより一回り上の世代の方で、『ファーブル昆虫記」に影響を受けた方はたくさんいます。
そこから科学の道に入った方も多いと聞きます。
しかし、わたしの世代以降はどちらかといえばSFに刺激を受けて科学に入った方が多いと思います。
わたしより一回り以上下の前野さんは、なんとあの「ファーブル昆虫記」に影響を受けて、昆虫学を志したのだとか。
いやあ、文学少年だったのかもしれません。
読む人少なかったでしょう。
わたしなんぞは、冒頭のフンコロガシの話でもうお腹いっぱいでしたけど。
さて、そんな前野さんがポスドクを受けて向かった先はアフリカ。
サバクトビバッタのフィールド研究に向かったのでした。
当時は、ラボで研究するのが主流だったそうで、フィールド研究に向かうには勇気が必要だったそうです。
さすがウルド(現地での尊称)ですね。
フィールド研究は少ないから論文にまとめやすいという打算もあったのだとか。
さて、蝗害ということばをご存じでしょうか。
いなごの字が当てられていますが、イナゴではなくトノサマバッタの仲間が引き起こす災害です。
ある時、大群となったトノサマバッタが空を覆い尽くして来襲し、植物という植物を食い荒らしていく。
跡には、食料はほとんど残らない。
これが蝗害です。
日本ではほとんど起きませんが、大陸ではけっこう起きるそうです。
しかし、どういうメカニズムで起きるかはまだわかっていないとのこと。
前野さんは、その解明に挑戦したのでした。
3 アフリカでの研究
本書の中心は、アフリカでの研究の困難さです。
前野さんは気前よい金払いで助手を雇うことができ、なんとか研究に着手します。
この助手の方、とても陽気で楽しそうですね。
頼りになりそうです。
また、助手に恵まれただけでなく、現地の国立サバクトビバッタ防除センターのババ所長の覚えもめでたく支援を厚く受けることができました。
しかし、現地に行ったからといってサバクトビバッタに出会えるとは限らず。
なかなか出会えないのでした。
当時モーリタニアは干ばつで、サバクトビバッタの群生はなかなか現れなかったのです。
そこで、研究対象を他のムシに切り替えたりしながら、なんとか論文執筆を試みます。
期間内に論文を書かなければいけないのがポスドクの悲しいところ。
結局、現地での研究の限界を感じ、フランス農業開発研究国際協力センターに移って研究を続けます。
残念ですが、よい研究者との出会いもあったのだとか。
最後に、もう一度モーリタニアには戻ります。
その際、ついに念願のサバクトビバッタの群生と出会います。
あまりの迫力に圧倒されてしまったのだとか。
しかし、このことで研究熱が一層高まったのでした。
4 研究職獲得の難しさ
国立大学が独立行政法人となってから、若手研究者が定職に就くことが難しくなりました。
理由は、予算の削減です。
前野さんも定職獲得に苦労をしたようでした。
ようやく京都大学の特定助教となり、その後は安定した職を手に入れたようです。
よかったですね。
日本では、蝗害がほとんど起きないため、この分野への関心が薄いのです。
定職に就く前の話ですが、研究費を獲得するために、多くの人の興味を引こうとバッタ博士としてプロモーションを行ったりもしたのだとか。
涙ぐましいですね。
日本の研究者に多くのノーベル賞を贈られるようになったのは、高度経済成長以降の研究が順調だった時期の果実によるものといわれます。
それが終了し、今後は研究の質を維持するのは難しい。
そういわれます。
確かに、結果がわからないものに投資するのは難しいでしょう。
しかし、研究は実世界に必ずリターンがあるものではありません。
前野さんのような意欲的な研究者への支援をもっと厚くできないものでしょうか。
本書を読んで、強く感じたことの1つです。
5 総評
バッタの話かと思って読むと、案外バッタが出てこないお話でした。
サバクトビバッタは、群れで食い荒らすようになると体色他いろいろと変異してくるそうです。
そういう自然の不思議を知りたくて本書を取ったのですが、一番わかったのが若手研究者の生態(生活)でした。
たいへんですね。
たいへんなんですけど、おもしろおかしく書いていただいているので、本書を読んだ子の中には科学に興味をもつ子も現れるでしょう。
願わくば、現代のファーブル昆虫記のような本も書いていただけないでしょうか。
前野さんが書いたそんな本を読んでみたいと思っています。