1 はじめに
元日です。
あけましておめでとうございます。
元日なので,初詣に行きました。
といっても午後からなんですけど
2 八幡神社
神社は元々住んでいた集落の海岸にあります。
八幡神社です。
誉田別尊こと応神天皇を祭っている神社ですね。
日本で一番多いとのこと。
この辺りも八幡神社が多いです。
まあ,一応はいわれがあります。
鎌倉武士が勧請したとのこと。
宮司が鎌倉武家の苗字だったりします。
梶原景季の一族が逃げのびてきたとのこと。
まあ宮城県の三陸地方は,平泉藤原氏の後は鎌倉幕府系の葛西氏で,その後は伊達氏の関係者が治めてました。
鎌倉殿の意を受けた葛西氏が梶原の落ち武者を見逃すかなあ。
また,鎌倉幕府の後の伊達氏のころ,この辺りは鮎貝氏かな,にこういう神社が残すことも変な気がするのです。
まあ,いわれですからね。
ほんとのところは分かりません。
3 参拝して
海が望める丘の上に神社があります。
海の神様を拝むのにも都合よい立地です。
元々そちらのための場所だったのかもしれません。
社務所に至る道に新しい階段がつけられていました。
防潮堤の裏からつながる階段です。
高台にいち早く逃げるためにつけられたのかもしれません。
まだ防潮堤が完成してないので通行不可でしたが,これからはこちらが参道になるかもしれません。
鳥居が少し傾いているようでした。
簡易的な修繕がしてあります。
鳥居の根本を見ると,朽ちていました。
シロアリかなあ。
簡単な補修がしてあります。
修繕か撤去かなあ。
前にも話しましたが,震災後神主一家がいなくなったのです。
そういう活動の音頭を取る方もいないでしょう。
どうなることやら。
さて,無事参拝を済ませました。
祈ったのは家内安全,無病息災。
こういう普通のことが大切な年齢となりました。
さて,ここにはもう一つ神社があって八雲神社とあります。
年寄りは以前ここを天皇様と呼んでいました。
おそらく戦前は護国神社の役を担っていたのでしょう。
今はそんな面影はありません。
ここにも参拝しました。
4 最後に
遅く参拝したからかもしれませんが,すれ違ったのは一組だけでした。
お正月から寂しさを感じます。
八雲神社の鳥居の横に津波祈念の碑があります。
この間のものと昭和八年のものです。
この碑は,後世に災害の恐ろしさを伝えるべく立てられたのでしょう。
でも,碑を読む人がどのくらい残るやら。
人口減ですっかり寂しくなっています。
数十年後に思いを馳せてしまった元日となりました。