1 本作の印象
本作がどういう小説かを一言で伝えるとします。
これが難しい。
わたしなりのまとめとしては、相互理解の難しさの小説かなあ。
位置づけが難しい小説なんですね。
だからといって駄作というわけではなく。
住野よるさんの小説で、本作が1番のお気に入りになりました。
先の話の続きになるのですが、ジャンルがはっきりしないのです。
分類がちょっと難しい。
恋愛小説のようでもあるんですが、友情小説のようでもあり。
小規模の問題が大きな世界に影響するという点から見れば、セカイ系の変型ともいえます。
セカイというほど、影響を受けたところは広くはありませんけどね。
とりあえず、簡単なあらすじと作中の仕掛けについて書きます。
そうしないと、この作品について語るのが難しいのです。
2 あらすじなど
本作は大学4年となった主人公が入学した頃を振り返る形で始まります。
人とかかわることで問題が生じるのであれば、積極的にかかわらなければよい。
こういう信念をもった主人公です。
そう考えて入学したのですが、かなり奇妙な女学生と知り合いになります。
その女性は愛とか平和とかについて書生じみた理想を持っていました。
そしてその実現を目指しています。
大学の講義で、質問という形の自分の理想を表明することを繰り返すような人です。
様々なサークル等に訪問しますが、どれも自分の理想からは離れていました。
そこで自分の理想実現を目指して、女性は自分のサークルを作ることにします。
読んでいて(ハルヒかよ)という心の声がもれましたが。
それで、そのサークルをいっしょに作ったのが主人公。
こんな展開なんですが、冒頭ではこの女性がもう亡くなったかのような表現がそこかしこに書かれています。
ああそうなんだと思って読んでいました。
四年時に、主人公は女性と作ったサークルをやめていました。
理由は、サークルが当初の理想とはかけ離れた存在になったからです。
このサークルは、4年時点で就活予備サークルのようになっています。
このことを嫌悪した主人公は、このサークルを壊すことを企みます。
詳細を省きますが、企みは成功しサークルは大ダメージを受けます。
主人公はサークルの中心人物と会います。
それはあの女性でした。
オリジナルメンバーの女性は亡くなっていませんでした。
今もサークルの中心人物だったのです。
まあちょっとした倒叙法です。
読者をミス・リードしたんですね。
それで、壊した主人公と壊された女性が対談をしますが、当然決裂します。
その後サークルは消滅しますが、数年後に再会して、という展開になります。
まあ、女性が心変わりしたということを強調するための倒叙法だったのかもしれませんが、効果のほどはどうでしょう。
3 コミュニケーション・ブレイクダウン
コミュニケーションの分断といったテーマは、まあ片思い系も含めていいと思いますが、どれも「ごんぎつね」風になってしまいますね。
本作もそうです。
主人公は女性を勝手にこういう人間だと理解しています。
そして、それがわかっているのは自分だと。
次に、環境が変わると女性が心変わりしたと思います。
それが許せなくて、極端な行動に走ります。
本作では、サークルを脱退すること、そして最後に壊すことです。
それが、女性のためになっていないことに、最後まで気づきません。
つまりは、独りよがり。
不幸といえば不幸、迷惑といえば迷惑。
自分の感情の処理のために周囲を巻き込むという感じです。
蛇足ですが、ごんぎつねも兵十はひとりぼっちで寂しいからオレが助けてやらないと、からオレに気づいて感謝してほしいになって、ああなりました。
本作の主人公はごんとはちがって実害を受けていないのですが、まあ、女性との和解はまずないでしょうね。
この小説一人称視点なので、主人公側から見た真実しか語られてないのですけれど。
4 総評
主人公を駆り立てた心情が恋愛なのか嫉妬なのかはわかりません。
しかし、本作は相互理解に対する暗い情熱、タナトス系の情熱にかられた人物がよく描かれていると思いました。
主人公、ちょっとストーカー気質がありそうですし。
しかし、青年期特有の屈折した心情がよく描かれていると思います。
全作品を読んだわけではありませんが、住野よるさんの作品ではこれが1番おもしろかったです。
まあ倒叙法が必要かどうかは、議論があるとは思いますけれど。
少なくとも伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」ほどの必要性は感じませんでした。