1 本作の概要
新海誠監督のアニメ「秒速5センチメートル」のノベライズ版です。
「秒速5センチメートル」のノベライズ版は2種類あります。
1つは、新海誠監督自身によるもの。
もう1つが本作です。
どちらが先に出版されたかというと、本作の方が早い。
おそらくは、マルチメディア戦略をする上で、忙しい作者ではなく信頼できるライターさんに依頼したのではないでしょうか。
しかし、その後、作者自身のノベライズ版が出版された。
2作を比べれば、作者自身が書いたものに手が伸びるのが道理。
こちらを手に取る人は、すべてを手に入れたいという相当のファンだけでしょう。
わたしも作者による小説を読みましたが、こちらを読もうとは思っていませんでした。
なのになぜ読んだのか。
実は、図書館で見つけたんですね。
それで、実写映画を見たこともあって、こちらも読んでみようと思ったんです。
結論をいうと、読んでよかったです。
いい小説でした。
2 視点人物
みなさんは視点人物という用語をご存知でしょうか。
文芸批評用語なんですが、文章が誰の目から語られているかを明らかにする用語です。
主人公とは一致しません。
わかりやすいのは、一人称の作品です。
一人称の作品には、語り手がいます。
その人物の視点から物語が語られる。
なので、その人物が視点人物です。
三人称の場合も、誰かに寄り添って語る場合が多いですね。
そう、ゲーム「バイオハザード4」の視点のように。
あのゲームでは、操作する人物の後方からゲーム場面を見ているという設定でした。
文芸作品では、あのゲームほど近く寄り添っているわけではありませんが、特定の人物に寄り添って語ることが多いです。
そういう時、語り手に寄り添われている人物が視点人物になります。
3 アニメと小説の視点人物
本小説では、アニメと異なる視点人物が採用されています。
アニメの第一部は貴樹視点です。
ところが本作では明里視点になっています。
ここが最も大きな相違点。
どういうことかというと、明里の心情が詳しく描写される一方で、貴樹の気持ちはわからない、ということです。
まあ、貴樹の心情は原作アニメで補完するという読み方になるんでしょう。
それで、明里の視点で原作にない新たな発見があったかというと、ありました。
あったはあったんですけど、予想の範囲でそんなに驚きはありません。
1つは、転校生でさびしかったので優しい貴樹を頼りにしたということ。
もう1つは、転校してもなかなか友達ができなかったということ。
案外、転校先で知り合いができるまでは貴樹が心の拠り所になっていたようです。
文通が途絶えていった過程を考えると、そうなのかなあとは思いました。
しかし、こうだったんだろうなあというもので、予想外はやっぱりなし。
これ、視点を変えることで、どんな効果をねらったのかなあ。
おもしろい試みですが、効果は薄かったと思います。
明里の心情を知りたいっていう人、多かったのかな。
4 種子島の貴樹
第二部のコスモナウトも、視点が転換してます。
今度は貴樹視点。
オリジナルは花苗視点でした。
貴樹視点でわかったことは、2つです。
1つは、自分が病んでいることを自覚しているということ。
もう1つは、花苗が自分に好意をもっていることに気づいていること。
これも、実はそうだったんだろうなあという感じですね。
1つ新しい発見がありました。
花苗の気持ちに応えなかったのは、種子島は仮の居場所で、どこかに行きたいと思っていたから。
花苗連れてけばいいじゃない、と思うのですが、貴樹にとって花苗は種子島の象徴みたいな認識なんですね。
健康的で健気でっていう。
それもどうかなと思うのですが、貴樹はある意味他人をこういう人と決めつけて認識しがちなので、彼にとってはそうなんでしょうね。
しかし、明里の気持ちが自分に向いていないことに気づいていても、新しく一歩を踏み出せないのは、いろいろかっこつけてるけど未練が強いってことなんでしょう。
明里本人というよりは、最後に会ったときの思い出が強すぎたからでしょうけど。
本作では、花苗の存在が小さくなり高校教師をしている花苗の姉の存在がましています。
このあたりは、実写映画に反映されているのかもしれません。
花苗好きのわたしとしては、少々不満でもあります。
種子島での高校生活が詳しく描かれていたのはよかったです。
まあ、第二部の視点転換も第一部と同じく、さほど効果は上がらなかったかな。
原作アニメの補完という意味はあったのでしょうけど、原作見ただけでも推察できる範囲なので。
う〜ん、ノベライズという性質上、原作と矛盾するような内容・描写はできないのでしょうが、であれば原作同様の視点で描いてよかったんじゃないかなあ。
5 大人の貴樹
第三部は、明里の視点が増えました。
それと社会人となって貴樹と付き合っていた理紗の状況も詳しくなりました。
原作の第三部は、ほぼミュージックビデオなので、そのままの小説は難しかったのでしょう。
実写映画で明里が書店員になっていたのは、この小説の設定を取り入れたようですね。
大学生の明里が大学教員に惹かれていたのは意外だったなあ。
これって、明里が貴樹を思い出にする過程を説明するのに必要だったということなのかなあ。
原作アニメだと、高校生で誰かと付き合っているような表現でしたけど。
孤独になりがちだけど誰かとつながりたいっていう転校生気質の明里が成長していくという表現としては、少し弱かったように思います。
さて、一方の理紗さんです。
原作でも実写映画でも、好きになった人が悪かったかわいそうな人、というのがわたしの認識です。
本作ではどうか。
う〜ん、ブラコンをこじらせたちょっと面倒な人に認識チェンジ。
いやあ、なんかふられても仕方なかったかもしれませんね、これだと。
もし、ほんとにこんな背景をもってた人だとしたら、あんまり共感できないかな。
貴樹も貴樹だから、まあ必然の結論になったという印象になりました。
さて、第三部の終わりに、中1の貴樹と明里がそれぞれ渡せなかった手紙が載っています。
これもこういう内容だろうなあという中身でした。
なぜ、第三部に載せたのかな。
これを載せても、そしてこれをお互いに渡していたとしても、結論は変わらなかったでしょう。
もし、お互い引っ越しをしていたなかったら変わっていたかもしれませんが、それだと物語にならないしね。
6 総評
★★★☆☆
3つです。
アニメそのままのノベライズでよかったですね。
多分ですよ、本作のような悲劇には、この悲劇を回避するような物語を読者が求める傾向があります。
それは悲劇として成功している証拠でもあります。
アニメの数年後にノベライズした本作は、そのような読者の期待に沿うような役割を担っていたのかもしれません。
それで視点を替えたり、登場人物の背景を深堀したりしたのかもしれません。
それでいて、原作と矛盾しないように配慮しなければならないという縛り。
そのせめぎあいの中で、本作が作られた。
そんな思いがよぎります。
そうであったとしても、この程度のプラスであれば原作通りでよかったのではないか。
そう思いました。
プラスの情報を読者が求めているとすれば、サイドストーリーの方がいいと思います。
花苗のその後とか、貴樹がいないところでの花苗のエピソードとかも読みたいし。
それは、原作と別物でもいいのです。
ファンとは、そんなものです。
