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【書評】ブライアン・クラース「なぜ悪人が上に立つのか」

1 本書の概要

統治機構の倫理性を論じた本です。

刺激的な題名ですが、善良な権力者を立てるにはどうするか、権力者を善良に保つにはどうするかについて述べています。

絶対的な権力は絶対的に腐敗する。

この有名な警句も取り上げていて、元々どのような文脈で語られた言葉かも説明しています。

なんとく権力者って悪いイメージがありますよね。

民衆を抑圧するような。

国家というレベルではなく、会社の上司という小さな権力の世界でもそうです。

つまりは権力の在り方について述べているのです。

2 階級社会の出現について

原始共産制の社会に階級はなく、権力者もいなかった。

ここから論が始まります。

権力者がいない社会を現代に出現させることはできるのだろうか。

もちろん無理です。

社会の調整には権力が必要であり、それを執行する者がどうしてもいるからです。

階級社会は、共同で仕事をする農業を行う以上、どうしても避けられない。

こういう論調ですが、分業する社会ではどうしても調整が必要です。

現代社会は農業だけでなく、工業や商業でも分業が当たり前であって、階級社会は必然なのでした。

3 サイコパスは権力を望む

次に悪人を権力者にしないにはどうすればよいか、という問題を考えます。

サイコパスといわれる人格をもつ人々がいます。

他人への共感性が欠如し、善悪ではなく功利で判断する人々です。

彼らは権力を好みます。

人を利用することで生き延びるので。

一般にサイコパスというと、連続殺人犯とか残虐な事件の犯人などのイメージがあります。

しかし、本書によればそれは失敗したサイコパスなのだそう。

成功したサイコパスは、欲望に負けるなどの不適合は起こさないのだそうです。

失点を犯さず権力ある地位に居続けるのだとか。

とすれば、邪悪な性質をもった権力者は存在するのでしょうが、その人は邪悪性を発揮しないまま地位に留まり続けることになります。

もし、邪悪性を発揮しないのであれば、特に問題はないのではないか。

そういう考えも成立します。

まあ、地雷を抱えたままの社会になるとは思いますが。

こうなると、権力者そのものの性質が問題なのではなく、権力者に邪悪な権力行使をさせないことが大切になってきます。

では、そういうことは可能なのでしょうか。

4 権力は必ず腐敗するのか

マスコミ報道を見ていると、権力者と腐敗はセットのように感じます。

権力は必ず腐敗するのでしょうか。

心理学の有名な実験に、囚人役と看守役の心理変化を調査したものがあります。

そこでは、看守役はしだいに残虐性を獲得していったことが示されました。

地位が判断力その他に影響を与えたということです。

しかし、この実験には後年異論が唱えられました。

被験者(実験を受ける者)を募集の段階で、看守役に応募した者は、そもそも残虐性を内包していたのではないか、という疑念です。

そしてこれは、どうもそうであったらしいのです。

この実験のみを持って、地位が人間性に与える影響を語るのは早計なようです。

では、実際はどうなのか。

人は誰かに見られていないと思うと、非倫理的な行動もしてしまうようです。

これは様々な調査から示されています。

誰も見ていないから。

こういう心理に思い当たる人は多いでしょう。

わたしもそうです。

地位が与えるというよりは、監視がないと非常識的な判断・行動する可能性がある。

こういった方がよいのでしょう。

なので、権力者という人々に多大な影響を及ぼす者には、常に監視しているという意識をさせることが大切になります。

間違いや誤った判断をさせないために。

どうやら、このことが権力の腐敗を止める手段となるようです。

5 総評

★★★☆☆

3つです。

豊富な事例で興味ある分野を論説するいい本でした。

しかし、結論は常識的なもので、「悪人が上に立つ」という一般論が成立するかもあやしかったし、「地位が悪人を生む」ということもいえるかどうか分からない、ということになってます。

つまりは、はっきりしない、答えがでない。

そういう本でした。

ですから、教養として読むのはいいと思いますが、斬新な解釈とか新説とかを期待すると肩すかしにあいます。

サイコパスのくだりはおもしろかったんですけどね。

でも冷静になれば、出世しないサイコパス、普通に生きる共感性のない人なんて人間もいそうですからね。

まあともかく、権力をふるったおかしな人間の事例はたくさんあるので、興味のある方は、どうぞご一読を。